2013年08月31日

〈 クイズ & Quiz 〉  【 高山右近関係 ・ 年代クイズ 】

さあ、何年の出来事でしょうか?
[ヒント] ・ “約400年前” と覚えておくと、いいですよ。
      ・ 山右近が活躍したのは、ほとんどが、1500年代です。
        あとの、何十何年の部分を覚えればいいことになります。
      ・ 覚え方を工夫して、年代が言えるようにしておくと、便利ですよネ。

1) (15   年)  フランシスコ・ザビエル、鹿児島に上陸。 キリスト教の伝来
2) (       )  彦五郎(右近) 誕生 / ザビエル、上川(サンシャン)島で召天
3) (      )  彦五郎(右近) 受洗
4) (      )  高槻の地・芥川城へ
5) (      )  白井河原の戦い ・ 和田惟政 死去

6) (      )  右近 高槻城主に
7) (      )  高槻教会 建設・献堂
8) (      )  京都 ・ 南蛮寺 建設・献堂
9) (      )  荒木村重、織田信長に謀叛
10)(      )  安土城 築城

11)(      )  高槻で、盛大な復活祭(パスコア)
12)(      )  本能寺の変 / 山崎合戦
13)(      )  大坂城 築城
14)(      )  明石 転封(てんぽう) ・ 船上城(ふなげじょう)へ
15)(      )  伴天連(バテレン)追放令

16)(      )  加賀 ・ 金沢の前田利家のもとへ
17)(      )  父・山ダリオ飛騨守 召天
18)(      )  二十六聖人 殉教
19)(      )  秀吉 死去 / 翌年、前田利家 死去
20)(16  年)  関ヶ原の戦い / 細川ガラシア 召天

21)(      )  高岡城 築城
22)(      )  家康による 大禁教令
23)(      )  右近 マニラで召天 [2月3日・63歳]
24)(      )  家康 死去
25)(19  年)  高槻 ・ 山右近像 建立

【解答と覚え方】

1) (1549年)   よく(49)来てくださった、ザビエルさん!
2) (1552年)   以後、ご認識(1552)あれ、彦五郎(右近)誕生・ザビエル召天
3) (1564年)   以後、無私(1564)に生きる、彦五郎(右近) 受洗
4) (1568年)   高校生頃や(568) 芥川城
5) (1571年)   来なけりゃ一人(571)で、続け白井河原

6) (1573年)   以後、並(1573)はずれた、高槻城主・山右近
7) (1574年)   教会なし(74)の高槻に、教会献堂
8) (1576年)   キリシタンになろう!(76) 京都・南蛮寺
9) (1578年)   何やて!(78) 荒木村重 謀叛
10) (1580年)  安土築城 ヤレーッ!(80)

11) (1581年)  十五夜のあと一番(1581)の日曜日・復活祭
12) (1582年)  十五夜に(1582) 本能寺の変 ・ 山崎合戦
13) (1583年)  破産(83)しちゃうよ 大坂築城
14) (1585年)  ハイ(85)と答えて、明石転封(てんぽう)
15) (1587年)  以後の話(1587)は、伴天連追放令

16) (1588年)  以後、パパ(1588)代わりの 前田利家
17) (1595年)  信仰の極意(595)きわめて ダリオ召天
18) (1597年)  以後、苦難(1597)続く、二十六聖人 殉教
19) (1598年)  秀吉 くやし(98死)、 翌年(99年) 利家 死亡
20) (1600年)  オーオー(00)の声 関ヶ原の戦い

21) (1609年)  金沢の奥(09) 高岡築城
22) (1614年)  一路 都市(1614)・長崎へ、 大禁教令
23) (1615年)  一路 以後(1615) 天のパライゾへ
24) (1616年)  いろいろ(1616)あった 家康 死亡
25) (1972年)  何々(72)! 高槻に 山右近像

                Do your best !

( 「ワシントン大行進」 から50年 )
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アイザック・ニュートンの言葉

● アイザック・ニュートン(1643〜1727 英国 哲学者・自然学者・数学者・神学者)

「いかなる世俗の歴史におけるよりも、聖書の中には、より確かな真理が存する。」

※ 「温故知新」・故(ふる)きを温(たず)ねて、新しきを知る(「論語」)━━ という、有名な言葉がありますよね。
 現代のありように、なかなか方向・方法が見つからず、先人たちの知恵・経験から学んでいこうとします。

 このブログ 「この人の こんな言葉」 を、読んでくださっている皆さんも、すばらしい働きをし・業績を残していった方々の言葉から、何かヒントを得ようと思っておられるのだと思います。

 私たちが、歴史に興味をもち、読み・学ぶのも、ただ物知りになりたいだけではないはずです。
 歴史知識に豊富で、クイズに強かったとしても・・・・・故きを温ねて、新しきを知る ━━ という姿勢がなければ、多くのことを知っていても、「それが、どうしたん?」 ということになります。

 しかし、歴史上の人物や出来事から学ぶといっても、「帯に短し、たすきに長し」 で、ピッタリしたものは、なかなかありません。
 それで、私たちが普通にやるのは、この部分はこの人、この部分に関してはあの人・・・・・。
 このことについては信長、しかし、このことについては秀吉、でも、あのことは家康・・・・・といった具合です。
 所詮、完全な人間なんて、いませんよ!

 そうなんですよネ。完全・完璧な人間なんていません。
 みんな、原罪をもって生まれ、原罪を内住させながら、主なる神を悲しませるようなことを結構しながら・・・・・清濁合わせもつ人間が、味があるんだよ!・・・・・などと、自分を納得させながら・・・・・生きているのが、人間ですよネ。

 そう、完全・完璧な人間なんていません。完全・完璧なのは、神だけです!

 イエス・キリストは、神が人となってくださって、救いのわざをなしてくださった、100%人間・100% 神であるお方です。
 100% 神であるお方ですから、わたしは「真理」ですと、明言できるのです。

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。
 わたしは、真理のあかしをするために生まれ、このことのために世に来たのです。
 真理に属する者はみな、わたしの声に聞き従います。」

 総督ピラトは、イエスにたずねます。
「真理とは何ですか。」

「聖書」、特に「新約聖書」は、神の御子(みこ) イエス・キリストが、旧約聖書で預言されていた「救い主」であることを証言している書です。
「真理」であると明言された、イエス・キリストのことが、必要十分に記されている書です。

 聖書の中には、より確かな真理が存在します。
 季節も、秋になりました。「聖書」、まず始めに「新約聖書」を、手にとって読んでいかれることをお勧めします。

 ホントかウソか! 「真理」をさがし、出会ってみてください。

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2013年08月30日

【 フレンド整骨院 ・ 渡部院長の ひとこと 】 (4)

●  皇后・美智子さまの姿勢について

 早朝、「皇室アルバム」を時々、テレビで見ます。

 いつも気になるのが、皇后・美智子さまの首の角度です。
 宮内庁の医療関係者は、何故、治療しないのか、いつも不思議に思っていました。

 ある時、美智子さまの首の痛みと、体調不良についての報道がありました。報道されるということは、相当ひどい状態だと思います。
 あの首の角度から考えれば、首から肩・腕に至るまで、痛みが走っているのではないかと、推測しています。

 私が、東京近辺に住んでいるのであれば、宮内庁に、治療したい旨を申し上げるでしょうね。  (まあ、今の宮内庁は、門前払いすると思うのですが)

 東京近辺に在住の、柔道整復師の皆さん
 どうか、美智子さまをはじめとして、皇室の方々の、身体の不調を取り除くための治療を、してあげてください。

 お願いします!                  
                       → 今回はここまで。まだまだ続きます!

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ガリレオ・ガリレイの言葉

● ガリレオ・ガリレイ(1564〜1642 イタリア 物理学者・天文学者・哲学者)

「聖書と自然の現象は、共に、神の言葉から出て来ている。
 神は知られる。その性質は、その御業(みわざ)によって。その教理は、啓示されたみことばによって。」

※ 聖書は、神の言葉そのものです。
「聖書」は、文字を通して、主なる神の存在・性質・意志・思い・・・・・など、神に関する必要十分な事柄を伝えています。

 天地創造の被造物である「自然」は、私たちのこの目では見えない神の存在・性質・・・・・など、神に関する必要十分な事柄を、目に見える形で伝えてくれています。
 自然は、目に見える神の言葉である ━━ と言うことが出来ると思います。

 聖書も、自然も、「神のことば」と大いに関係があります。なぜなら、主なる神ご自身が、「ロゴス(ことば)」なるお方であるからです。

 永遠的存在として、初めから、ロゴス(ことば)である方が存在されました。
 ロゴス(ことば)である方は、神でした。
 すべてのものは、このロゴス(ことば)である方によって造られました。造られたもので、このロゴス(ことば)である方によらずに出来たものは、一つもありません。
 この世界は、神のことばによって造られました。 (ヨハネの福音書・1章)

 神は仰せられた。「光があれ。」 すると光があった。 天地創造第一日。
 神は仰せられた。「大空が、水の真っただ中にあれ。水と水との間に、区別があれ。」 そのようになった。 第二日。
 神は仰せられた。「地が植物、すなわち種を生じる草や、その中に種がある実を結ぶ果樹を、種類にしたがって、地の上に芽ばえさせよ。」 そのようになった。 第三日。
 ・・・・・・・・・               (創世記・1〜2章)

 神の、目に見えない本性、すなわち、神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきり認められるのです。
 天は神の栄光を語り告げ、大空は御手(みて)のわざを告げ知らせています。

 一方、聖書はすべて、特別に、神の霊感(息ぶき)を受けた人たちによって、書き記されたもので、教え・戒め・矯正・義の訓練のために有益です。
 聖書を通して、私たちは、すべての良い働きのために、ふさわしい・十分に整えられた者となっていくことが出来るのです。

 神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することが出来ます。

 イエス・キリストは、言われました。
「人は、パンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによるのです。」

 からだには、パンやごはん・おかずなどの食べ物が必要ですが、人は、からだだけで出来ているのではありません。心・霊は、別の食べ物が必要です。
 神の真理の言葉を食べ物として、力をつけて、生きていくのです。

 身近な自然に目をとめ、又、大自然の中に出かけて行くことも大切です。
 自然は自然に出来たのだ! ━━ などと、ノンキなことを思っていないで、これほどの、すばらしい自然を創造された方がおられることに、思いを馳せてみてくださいネ!

(神戸花鳥園にて by yasu)
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2013年08月29日

聖書のことばによる 祈り

「絶えず 祈りなさい。」(テサロニケ人への手紙 第一・5章17節)
と勧められており、聖書の中に、「祈り」の実際例がたくさん記されているのですが、私たちは、そうした聖書の祈りの言葉で祈るのではなく、自分自身の言葉や考えで祈ってしまっています。
 自我のにおいが、プンプンする祈りです。
 それもいいでしょうが、ちょっと違うような気がします。

 もっと、聖書の祈りの言葉で祈る祈りが、多くささげられるべきではないのでしょうか?

●  詩篇119篇による祈り
 主よ。
 どんなにか私は、
 あなたのみおしえを、愛していることでしょう。
 これが一日中、私の思いとなっています。
 私は、世のすべての師よりも、悟りがあります。
 それは、あなたのさとしが私の思いだからです。
 私は、あらゆる悪の道から、私の足を引き止めます。
 あなたのことばを守るためです。
 私は、あなたの定めから離れません。
 あなたのみことばは、
 私の上あごに、なんと甘いことでしょう。
 蜜よりも、私の口に甘いのです。
 私には、あなたのみことばがあるので、
 わきまえがあります。
 それゆえ、私は偽りの道をことごとく憎みます。
 あなたのみことばは、私の足のともしび、
 私の道の光です。
 主よ。みことばのとおりに、私を生かしてください。
 私は、あなたのみおしえを忘れません。
 私は、あなたのさとしを、
 永遠のゆずりとして、受け継ぎました。
 これこそ、私の心の喜びです。
 私は、あなたのおきてを行うことに、
 心を傾けます。いつまでも。終わりまでも。
             アーメン

●  黙示録による 祈り

 聖なるかな。聖なるかな。聖なるかな。
 神であられる主。万物の支配者。
 昔いまし、常にいまし、後に来られる方。

 主よ。われらの神よ。
 あなたは、栄えと、誉れと、力とを
 受けるにふさわしい方です。
 あなたは、万物を創造し、
 あなたのみこころゆえに、万物は存在し、
 また、創造されたのですから。

 ほふられた小羊は、
 力と、富と、知恵と、勢いと、誉れと、
 栄光と、賛美を受けるにふさわしい方です。

 御座にすわる方と、小羊とに、
 賛美と、誉れと、栄光と、力が、
 永遠にありますように。

 アーメン。
 賛美と、栄光と、知恵と、感謝と、誉れと、
 力と、勢いが、
 永遠に、私たちの神にありますように。
             アーメン

( Super Moon )
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posted by ukon3 at 22:57| Comment(0) | 聖書 シリーズ

ジョージ・ミュラーの言葉

● ジョージ・ミュラー(1805〜1898 英国 牧師・孤児院経営者)

「もう少しの信仰、もう少しの忍耐、もう少しの祈り、そうすれば神の祝福が必ずある。」

※ 現代人は、というか、日本人はというか・・・・・現代の日本人は、待てない! 待てません!
 道路で、信号待ちをしている時も、反対方向の信号機を見て、待ち受けて行動しています。
 エレベーターに自分が乗り込めば、「閉める」のボタンの方に手が行って、早く閉めようとします。
 (イギリスの人は、自動的に閉まるのを待っているそうですヨ。)

 もう少し、待てなかったために、とんでもない大失敗をしてしまった話が、聖書に、いくつも出てきます。

・ 信仰の父アブラハム(この時は、アブラム)の場合 (創世記 16章)。
 主なる神から、「あなたの子孫は、天の星の数のようになる」と約束されていたのに・・・・・ 待てません!
 妻のサラ(この時は、サライ)に子どもが出来ないと、勝手に判断して、女奴隷ハガイのところに入って、子どもを生ませます。
 当然、神の祝福を逃し、多くの問題を抱え込むこととなり、今日(こんにち)に至るまで続く、中東紛争の原因を作ってしまったのです。
 アブラハムの、主なる神の約束を待てなかったことによる失敗、というより大罪です。

・ モーセが、主なる神から、シナイ山で「十戒」を受けていた時、モーセが山からなかなか下りて来ないので、イスラエルの民は、待てません!
 アロンに、「モーセがどうなったのか、私たちにはわからないから、私たちに先立って行く神を、造ってください!」と言って、主なる神を捨て、金の子牛の偶像を造って、礼拝していきます。モーセの帰りを、もう少し待てなかったために、偶像礼拝の大罪を犯してしまいます。
 神のさばきが下されて、その日、民のうち、三千人が生命を奪われてしまいます。
 (出エジプト記 32章)

・ 最初のイスラエルの王となったサウルの場合 (サムエル記T 13章)。
 預言者サムエルがやって来て、祭司のつとめをするはずなのに、待てません! サウル王が自ら、してはいけない祭司のマネごとをしてしまいます。
 ちょうど、サウル王が、全焼のいけにえをささげ終わった時、サムエルがやって来たのです。
 サムエルは、サウル王に言います。
「あなたは愚かなことをしたものだ。あなたの神・主が命じた命令を守らなかった。主は今、イスラエルに、あなたの王国を永遠に確立されたであろうに。」

 すべてのことには、最善の時があるのです。神の時があるのです!
 そして、神のなさることは、すべて、時にかなって美しいのです。

 しかし、私たちは待てません!
 もう少しの信仰、もう少しの忍耐、もう少しの祈り、もう少しの時を、待てば・・・・・ そうすれば、神の祝福が必ずあるのですが・・・・・ 待つことが出来ません。

 自分の考えや方法で、答えを出そうとしてしまいます。自分でなんとか、してしまおうとします。
 それもいいでしょうが、結果は、自らが願ってもいないものになってしまいます。
 時ではないからです。祝福が約束されている、神の時ではないからです。
 当然、美しくない結果になってしまいます。

 神の時は、ゆっくりゆっくり動いています。私たちのように、せっかちに動いてはいません。
 私たちは、信じている ━━ と言いながら、本当は、信じていません。待てません!

 自分の方法で、自分の願い通りに答えを出そうとして、とやかくしないことです。

 もしあなたが、主なる神を信じるクリスチャンなら ━━
 静まって、祈って、信じて、信頼して、ただ神を待ち望むことです。

「待ち望め。主を。 雄々しくあれ。心を強くせよ。 待ち望め。主を。」 (詩篇27:14)
 

 雄々しく、待ち望むのです。そして、
「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る。」(ヨハネ11:40) と約束してくださった、神の栄光を見る者とさせていただくのです。

(神戸花鳥園にて by yasu)
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2013年08月28日

おはなし 【 うこんさん うこんさん ! 】

●  「うこんさん、うこんさん! どうして、まいあさはやく、きょうかいで、おいのりされるんですか?」

 それはね。イエスさまが、そのようにおしえてくださったからなんだよ。
 デウスさまのことを、まずいちばんにしなさい。なんでも、たいせつなことはすべて、じぶんのちからだけで、やっているんじゃないんだよ。
 デウスさまをいちばんにして、いのって、ちからやちえをいただいて、やっていきなさい。
 そうしたら、デウスさまからあいされて、しゅくふくされて、その日、その日をすごしていくことができるんだよ、ってね。

●  「うこんさん、うこんさん! たかつきのおしろって、どんなおしろだったんですか?」

 わたしがじょうしゅ(城主)になるまえに、みんなやけてしまってね。またいちから、つくっていったんだよ。みんながよく、ちからをあわせてくれて、おほりもりっぱにしたよ。(24メートル)
 てんしゅかくは、3かいだて。でも、そこにすんでいたわけじゃないよ。すぐそばのおうちにすんでいたんだよ。
 ひがしときたとみなみに、おしろにはいれる門をつくったよ。
 
 きょうかいも、みんなでたてたよ。
 デウスさまをあいし、あいされて、イエスさまのように、ひとびとをあいし、あいしあって、たがいに、ごたいせつにしあうたかつきの町になってほしいとおもって、いのりながらやってきたんだよ。

●  「うこんさん、うこんさん! たかつきの町では、たくさんのひとたちが、キリシタンになっていったんですよね?」

 そうなんだよ。デウスさま、イエスさまにかんしゃしているんだよ。10人のうち、7人のひとたちは、キリシタンだったんだよ。
 すべて、せいれい(聖霊)なるデウスさまのおはたらきです。デウスさまが、すくって、おわりのないいのちをあたえてくださったんだよ。
 わたしたちは、いのりながら、せいしょのおしえどおり・デウスさまのおしえどおりにするようにしてきただけなんだよ。
 デウスさまが、いっしょにいてくださって、わたしたちをしゅくふくし、わたしたちの町を
しゅくふくしてくださったのです。

●  「うこんさん、うこんさん! マニラって、どんな町なんですか?」

 日本のくにをおわれてきたわたしたちを、キリストのごたいせつ(愛)をもって、あたたかくむかえてくれたのが、マニラの町の人たちだったんですよ。
 フィリピンのくにの、ルソンというしまにある町です。
“イントラムロス” といって、じょうへき(城壁)でかこまれたところにあんないされ、かんげいをうけましたよ。

 キリストきょうをしんじているということで、日本のくにをおわれてきたわたしたちだったんだけど、この町では、はんたいに、わたしたちがキリストきょうをしんじているキリシタンだということで、キリストをもてなすようにして、だいかんげいしてくださいましたよ。

●  「うこんさん、うこんさん! “ほんのうじのへん” で、おだのぶながさんを、あけちみつひでさんがたおしてしまいましたが、どうおもわれますか?」

 ほんとうに、びっくりぎょうてんしてしまいました。ことばでは、うまくいえないほどです。
 あけちみつひでさんのことは、ひごろから、りっぱなおかただとおもっていましたので、しんじられないことでした。
 みつひでさんにも、いろいろわけがあったんでしょうけれど、あのようなことは、わたしには、キリシタンとして、とてもみとめることはできません。

 のぶながさんのことでいうと、いま、みだれてたたかいのつづいている日本のくにを、ひとつにまとめてくださるかたではないかとおもっていましたので、ほんとうにざんねんです。

 みつひでさんとは、やまざきというところで、たたかうことになってしまいましたが、ほんとうに、おしいおかたをなくしてしまうことになってしまいました。

( 高山右近 by 岡本紘子 ・ 切り絵 )
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山室軍平の言葉

● 山室軍平(1872〜1940 日本人初の救世軍士官で、初代日本国軍司令官)

「クリスチャンが、一つ心になって親しむ様子は、ちょうど石炭をかき集めて火を燃やすようなものだ。石炭は、それを一つずつ離して置けば、火が消えてしまうが、一緒に積み重ねれば、互いに火の勢いを助けて、今まで真っ黒であったものが、やがて真っ赤になって燃え出す。」

※ 三浦綾子・著「塩狩峠」に記されている、主人公・永野信夫がふだんから、ふじ子に語っていた言葉を思い起こします。
「ふじ子さん、薪は一本より二本のほうが、よく燃えるでしょう。ぼくたちも、信仰の火を燃やすために、一緒になるんですよ。」

 一本よりも二本、二本よりも三本・・・・・
 主イエス・キリストを、神からのプレゼント・私の救い主と、信じ・受け入れた人たちは、毎日曜日には、主なる神を礼拝するために集い、教会を形成していきます。

 イエス・キリストを「救い主」と信じるクリスチャン達は、キリストにあって、兄弟姉妹です。そして、神の家族です。
 イエス・キリストは、言われました。
「天におられる、わたしの父のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」

 古今東西・世界中のクリスチャン・キリシタンたちが、みんな、兄弟姉妹・神の家族だというのですから、スゴイことだと思われませんか?
 山右近も、バッハも、ベートーヴェンも・・・・・ みんな私のお兄ちゃんです。
 細川ガラシャも、マザー・テレサも、三浦綾子も・・・・・ みんな私のお姉ちゃんです。
 阪神のマートンは、主にあって私の弟。韓国女優のチェ・ジウは、私の妹なんですよ。よろしくネ!

 世界中には、どれだけのキリスト教会があるのでしょうか。
 世界のすみずみにまで、数えきれないほどのキリスト教会がありますが、教会の中心・頭(かしら)は、主イエス・キリストです。

 教会は、いわば、キリストを頭とするからだであって、いっさいのものを、いっさいのものによって満たす方の、満ちておられるところです。

 キリストによって、からだ全体・教会全体は、一つ一つの部分(私たち一人一人)が、その力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられていくのです。
 愛は、結びの帯として完全なものです。

 キリストのからだ(教会)は一つでも、からだはただ一つの器官なのではなく、多くの器官から成っています。
 もし、からだ全体が目であったら、どこで聞くのでしょう?
 もし、からだ全体が聞くところであったら、どこで嗅ぐのでしょう?

 しかしこの通りに、神はみこころに従って、からだの中に、それぞれの器官を備えてくださったのです。 しかも、器官は多くありますが、からだは一つなのです。

 からだの中で、比較的に弱いと見られる器官が、かえって、なくてはならないものです。
 からだの中に分裂がなく、各部分がいたわり合うように出来ています。もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶようにと、からだは造られていますよ。

 私たちも、キリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。
 主イエス・キリストにあって、兄弟姉妹・神の家族。

「兄弟姉妹としての愛をもって、心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに、人を自分よりまさっていると思いなさい。勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。」             
                  (ローマ人への手紙 12:10−11)

 一人よりも二人、二人よりも三人・・・・・ 火は、多くの火が一緒になればなるほど、勢いを増して、大きな炎となって燃え出していきますよ!

( 阿武山福音自由教会 )
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2013年08月27日

〈 クイズ & Quiz 〉 【 聖書クイズ 】

1) 最初に造られた人間・アダムは、何歳で亡くなったか? [創世記5:5]
2) 人類史上、一番長生きした人は、何という人で何歳?  [創世記5:27]
3) 天地創造の順序 太陽・桜の木・鳩・羊・空・海・くじら ━━ では? [創世記1章]

4) モーセは、パロ王の心を変えるために、11の奇蹟をしましたが、いくつ言えますか?
   動物に関係あるものが、5つありますよ! [出エジプト記7〜11章]
5) 映画「十戒」で、紅海の水が、サーッと左右に分かれていくスペクタクルな場面があり、
   感動的ですが、これは、ホントかウソか? [出エジプト記14章]
6) 「十戒」 いくつ言えますか?
  “ H人間になってはいけない。” というのは、第何戒?
                       [出エジプト記20章]

7) 青年ダビデが立ち向かっていった、ペリシテ人の代表戦士・巨人の名前と、
   背の高さは?
                       [Tサムエル記17:4]
8) ソロモン王は、性的には、とんでもない、神に反する生活をしていましたが、
   妻やそばめの数は?
                       [T列王記11:3]
9) イエス・キリストが、〈救い主〉として、「ベツレヘム」で生まれるということは、
   誕生の700年前に預言されていましたが、何という書に記されていますか?    
                       [マタイ福音書2:1〜6]

10) イエス・キリストが、12月25日に、ベツレヘムの馬小屋で生まれたというのは、
    ホント?
                       [ルカ福音書2:1〜20がすべて]
11) イエス・キリストの12弟子の名前を、何人言えますか?
   (後から1人、変更がありましたよ。)
                   [マタイ福音書10:2〜4、使徒の働き1:15〜26]

[以下、答えは最後に]
12) 「旧訳聖書」「新訳聖書」 ―― まちがいを見つけてください?
13) 「聖書」は、全部で、何章?  何ページ?  どれくらいかかって読める?
14) 1章だけの書があります。 いくつあって、それは何々ですか?
15) 「聖書」の中で、一番長いのは? 二番めに長いのは?
    「新約聖書」で、一番長いのは?
    ちなみに、「聖書」の章の中で、一番長い章は? 一番短い章は?

16) 「聖書」の中の、有名なことばです。 ( )に、何がはいりますか?
    「( )を信じなさい。そうすれば、あなたも、あなたの( )も救われます。」
                       [使徒の働き16:31]
17) いつまでも残るものは、( )と( )と( )です。
    その中で、一番すぐれているのは( )です。 [Tコリント13:13]
18) イエス・キリストは、「わたしは、( )です。」と、11ほど言われていますが、
    いくつ言えますか?

19) 聖書の人物の、英語名は?
    ペテロ ・ シモン ・ アンデレ ・ マタイ ・ ヨハネ ・ ヤコブ ・ ピリポ
    アブラハム ・ イサク ・ ヨセフ ・ ダビデ
20) 「聖書」全66巻、最初の最初のことばは?  最後の最後のことばは?
                  [創世記1:1,ヨハネの黙示録22:21]

【解答】
12) 「旧約聖書」 「新約聖書」 神さまの契約の「約」
13) 「旧約聖書」39巻で、929章(1569ページ)
    「新約聖書」27巻で、260章(503ページ)
    「聖書」66巻で、1189章(2072ページ)  ※ 〈新改訳聖書の場合〉
    毎日、10章ずつ読んでいって、4か月かかります。
14) 1章だけの書は、5つあって、旧約聖書では「オバデヤ書」、
    新約聖書では「ピレモンへの手紙」「ヨハネの手紙 第U」 「ヨハネの手紙 第V」
    「ユダの手紙」
    ・ この「ユダ」は、キリストの弟のユダで、キリストを裏切ったイスカリオテの
      ユダではありません。

15) 一番長いのは、「詩篇」(150篇)。 二番めは、「イザヤ書」(66章)。
    新約聖書では、「マタイの福音書」「使徒の働き」が共に28章ですが、「マタイ」は
    1071節、「使徒」は1007節で、「マタイの福音書」が一番長くなっています。
   一番長い章は、「詩篇119篇」(176節)、 一番短い章は、「詩篇117篇」(2節)

18) すべて、「ヨハネの福音書」の中で、言われていますよ。
   キリスト・メシヤ(4:26) いのちのパン(6:35,48,51) 世の光(8:12,9:5)
   門・羊の門(10:7,9) 良い牧者(10:11,14) よみがえり・いのち(11:25)
   道・真理・いのち(14:6) まことのぶどうの木(15:1,5) 王(18:37)

19) Peter(ペテロ) Simon(発音注意・シモン) Andrew(アンデレ) Matthew(マタイ)
    John(ヨハネ) James(ヤコブ) Philip(ピリポ)
    Abraham(発音注意・アブラハム) Isaac(発音注意・イサク) Joseph(ヨセフ)
    David(発音注意・ダビデ)

( ノアの箱舟 復元 )
ノアの箱舟・復元.jpg
posted by ukon3 at 12:18| Comment(0) | 聖書 シリーズ

W ・ H ・ グリフィス・トマスの言葉

● W・H・グリフィス・トマス(1861〜1924 英国 聖公会司祭)

「キリスト教は、キリストである。」

※ キリスト教は、悟りや修行や功徳や鎮魂・・・・・といったことを、目あてにしている宗教ではありません。
 キリスト教は、主イエス・キリストを、自分との関係で、どのように認識し・実体験するかということです。

 というわけで、キリスト教は「キリスト」であると同様に、キリスト教の聖典である聖書も又、「キリスト」である。 ━━ のです。

 聖書は、旧約聖書39巻・新約聖書27巻、旧新合わせて66巻あります。
 章の数でいいますと、旧約929章・新約260章、旧新合わせて1189章。1日1章ずつ読んでいきますと、3年3か月3日かかります。

 手元にある新改訳聖書でいいますと、旧約1569ページ・新約503ページ、旧新合わせて2072ページですから、毎日コンスタントに100ページずつ読んでいっても、20日はかかるわけで、そう簡単に読めるものではありませんし、浅い内容のものでもありません。

 さあ、たいへんだ〜〜〜! 古今東西、世界のベストセラーなのに、とても読み切れそうにありませんよネ。
 しかも、聖書の各書の内容は多岐にわたっていて、誰かリードしてくれる人がいなければ、チンプンカンプン・何を言おうとしているのか、わかりません。
 大体は、適当に、都合のよいところだけをつまみ食いして、わかったフリをしている人たちが多いのです。

● キリスト教は、キリストです。聖書は、キリストです。

 この単純・Simple で、まっすぐ・Straight な真理を、変に複雑にして、何か神秘的なものにしてしまってはいけません。

「旧約聖書」 は、主なる神に原罪を犯し、さばきと死しかなかった人間を、神は尚も愛して・救うために、「救い主」を与えると約束している書です。
「新約聖書」 は、その約束の「救い主」が、主イエス・キリストであると証言している書です。

 主イエス・キリストは、こう言われています。
「あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。」
 復活後、エマオという村に向かっていた二人の弟子たちには、
「モーセおよびすべての預言者から始めて、聖書全体の中で、ご自分について書いてある事がらを説き明かされました。」

 イエスは、弟子たちに尋ねられました。
「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」
 ペテロが、答えて言いました。
「神のキリストです。」

「キリスト」 というのは、名前ではありません。旧約聖書の言い方(ヘブル語)で言いますと、「メシヤ」 (油そそがれた者)、即ち、旧約聖書で約束され・預言されていた「救い主」 (救世主)。
 一般的には、ナザレの村で大工を職業としていたイエスが、預言されていた 「キリスト」 である。しかも、「神が人となられたキリスト」 である。 ━━ と、ペテロは告白しているのです。

 そして、古今東西、すべてのクリスチャン・キリシタンと呼ばれる人たちが、そのように信仰告白してきているのです。

 イスラエル・ユダヤの人たちは、民族として、主なる神を信じてきましたが、この2000年間は、「キリスト」 を拒否してきた民族です。
 今も、キリストを拒否し、律法世界に生きています。
 ユダヤ教の人たちは、イエスをメシヤ(キリスト)であるとは認めていませんから、今尚、「メシヤ」 が早く、預言通りに与えられるようにと、待ち続けていることになりますが、さあ、どうなのでしょうか?

 主イエス・キリストを信じてはいませんから、当然のことですが、イエス・キリストによる 「救い」 はありませんし、イエス・キリストによって入ることが出来る 「天国」 にも、入れないことになりますよネ。

( パリにて by yasu )
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