2013年11月30日

【 小倉百人一首 】 に チャレンジ !

● 今年(2013年)の 「初釜」 の時に、みんなで 「小倉百人一首かるた」 をしましたが、
惨憺(さんたん)たる結果でしたので、来年のために ・・・・・ と思って、しばらくはその気になって 「覚え方」 を調べてみたりしたのでしたが ・・・・・ ほとんど何もしないまま、12月になってしまいました。

 今からでも、遅くはないのですが ・・・・・。

● 小倉百人一首 一覧 (ひらがな)
 http://www.manabu-oshieru.com/hyakunin/hiragana.html

● 上の句 → 下の句 が言えるように。
 http://www.manabu-oshieru.com/hyakunin/memory/kamishimo.html

● 下の句 → 上の句 が言えるように。
 http://www.manabu-oshieru.com/hyakunin/memory/shimokami.html

● 下の句の決まり字 → 残りの下の句と上の句 が言えるように。
 http://www.manabu-oshieru.com/hyakunin/memory/shimokami-k.html

 ( 現存最古の百人一首歌かるた 道勝法親王・筆 )
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2013年11月29日

【 夢の コンサート 】 (9)

●  夢の ギター コンサート

 ※ すばらしい演奏を、You Tube で お楽しみください。

@ Gipsy Kings 「Inspiration」鬼平犯科帳・エンディング
 http://www.youtube.com/watch?v=kRJctQpElC8

A Ana Vidovic 
 http://www.youtube.com/watch?v=Nx7vOb7GNBg&feature=related

B Segovia
 http://www.youtube.com/watch?v=cy_QHc8wWHw&feature=related

C 村治佳織  「アランブラ宮殿の思い出」
 http://www.youtube.com/watch?v=MXRFm1AZIkA&feature=related

D ナルシソ・イエペス 「禁じられた遊び」
 http://www.youtube.com/watch?v=UN6tcdiqELk

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2013年11月28日

A・T・ピアソンの言葉

● A・T・ピアソン(1837〜1911 米国 牧師・宣教師)

「 History is His story (歴史は、彼=神の物語) 」

※ 世界の歴史は、私たち人類が、思いのままに進めてきたものだと思っていますが、
さて、どうなのでしょうか。

 世界の歴史の始まりが、旧約聖書の「創世記」 に記されている通り、主なる神による、
天地創造によってスタートしたのが真実だとしたら、世界の歴史の終末は、「ヨハネの黙示録」 に記されている形で終わっていくことも、真実であることでしょう。

 世界の歴史は、「創世記」 に始まり、「黙示録」 で終わっていく ━━ 主なる神によって啓示(おおいをとりのけること) された、神の言葉をなぞっていっているものである、と言えそうです。

 天地万物は、主なる神によって、完璧に創造されました。
 すべてのものは、完璧な形で創造され、非常によかったのです。
 どれもどれも、主なる神さまの、見事な芸術作品でした。

 嵐も・津波も・高潮も・洪水も ・・・・・ ありませんでした。
 干ばつ・地震・天変地異 ・・・・・ 戦争・泥棒・殺人・あらゆる悪 ・・・・・
 悲しみ・叫び・苦しみ・病気・死も ・・・・・ ありませんでした。
 すべてのものは、主なる神によって、完璧な形で創造されたのです。

 ところが、最初に造られた、始祖である人間・アダムとエバが、主なる神に、忠告を無視して反逆の原罪を犯してしまい、天地創造の祝福が破壊されてしまいました。
 自然はうめき・苦しむものになってしまい、私たち人類は、原罪をもって生まれ、罪を愛し・悪を受け入れ・原罪に支配されてしまうものになったのです。

 天地創造の時点ではなかったものが、次々と起こるようになってしまいました。
 殺人・差別・いじめ・災害・暴力・権力支配・姦淫・偶像礼拝 ・・・・・
 いろんな宗教が生まれていった ━━ というと、カッコよく聞こえますが、神ならぬものが、おのが神として作り出されていきました。

 こうした数々のことを推し進めようとする、「この世の君・悪魔(サタン)」 と、その手下の悪霊たち。
 そして、それを阻止し、神の国を進展させていこうとする、主なる神と天使たち。
 私たちは、そのどちらかの側に立って行動しているのです。

 世界の歴史は、主なる神の側に立つ者と、この世の君・悪魔(サタン)の側に立つ者の、攻防の歴史である ━━ と言えそうです。

 世界の歴史は、創造主なる神に対する背信と罪の歴史と、それに対する主なる神の、愛による回復の歴史である ━━ とも言えそうです。

「あなたは、うなじのこわい民である。
 どんなにあなたの神、主を怒らせたか。
 あなたがたは、主に逆らいどおしであった。
 あなたがたは、あなたがたの神・主の命令に逆らい、主を信ぜず、その御声に聞き従わなかった。
 あなたがたはいつも、主にそむき逆らってきた。」  (申命記 9章)

 そして、こうした背信と罪の歴史のまっただ中に、神である主イエス・キリストが、送られてきたのです。
 100%神であり・100%人間であるお方として、私たちの罪とさばきからの救い主として、主イエス・キリストが、誕生してくださったのです。 (クリスマス)

 主の年(Anno Domini A.D.)がスタートしていきました。
 今年は、主の年(A.D.)の2013年目。
 この2013年間は、主イエス・キリストによる、「救世主」 としての、救いの歴史である ━━ とも言えるのです。

「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」
                      (マルコの福音書 16:15)

 そして、まもなく、「黙示録」 に啓示されている、最後の審判・世界の終末とさばきの時がやってきます。

 今の世界が、今後どのように進んでいくのかを知りたければ、「ヨハネの黙示録」 をお読みになってみてください。

 世界は、「最後の審判」 で終わりではありません。
 今、私たちが見ている天と地は過ぎ去り、新しい天と新しい地が準備され、主なる神を信じ・救われた者たちは、新天新地において、永遠のいのちを生きる者とされるのです。

 世界の歴史が、「 History is His story (歴史は彼=神の物語)」 と わかっていれば、いかにドラマチックに・ダイナミックに進んでいっているかが、よくわかりますよ !

( ガーデンミュージアム 比叡にて by yasu )
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2013年11月27日

「 スノー ドロップ 」( Snow drop ) って 何 ?

● キリスト教 ・ テレビ番組 「ライフライン」 を、毎週楽しみに観ています。

 11/24(日)の放送(神戸・サンテレビ) では、元・プロボクサーで、今は青森市にあるキリスト教会の牧師をされている、芦名昌利さんのことが紹介されていました。
 「 誰でも キリストにあるなら 」

 番組の最後(11月分)に、奥入瀬(おいらせ)渓流の景色とともに、クリスチャン歌手・
安田美穂子さん
のステキな賛美の歌声が流されていましたが、その賛美CD のタイトル名が 「 Snow drops 」となっていて、妻に 「Snow drops って、何だっけ?」 とたずねましたが、妻にもわかりません。 「あられ(霰)のことなのかなあ ?」

 インターネットで調べてみましたら、何と、花の名前でした。

 冬の終わりから春先にかけて花を咲かせ、 「春を告げる花」 として知られています。
 
 主なる神に原罪を犯し、エデンの園を追われたアダムとエバを、天使が励ました際、降っていた雪を、その天使が 「スノードロップ」 に変えた、という言い伝えがあります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%97

http://mihokoyasuda.com/

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2013年11月26日

富士山 大噴火

● 名峰 ・ 富士山には、大きな火口が2つありますよネ。

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※ 剣ヶ峰(日本最高地点)より見た 山頂火口 (直径780m・深さ200m以上)
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http://www001.upp.so-net.ne.jp/fujisan/fuji-ohachi.html

※ 中腹の 宝永火口 (登山道が整備されていて、登山可能)
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 富士山の、記録されている大噴火は3回あります。
・ 平安時代の800〜802年に、大量の火山灰を降らせた 「延暦の大噴火」
・ 平安時代の864年に、山腹から大量の溶岩を流出し、現在の樹海のもとを形成した
 「貞観大噴火」
・ 江戸時代中期の1707年(宝永4年)12月16日に始まって、12月31日まで続いた
 「宝永大噴火」
  100km離れた江戸にも、火山灰が降り積もりました。
  噴火の始まる49日前の10月28日には、マグニチュード8.7程度の大地震「宝永地震」 が起こっています。 死者2万人以上、倒壊家屋6万戸、津波による流失家屋は2万戸に達しました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9D%E6%B0%B8%E5%A4%A7%E5%99%B4%E7%81%AB
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2013年11月25日

【 いつも 喜んでいなさい 】

     いつも 喜んでいなさい。
     絶えず 祈りなさい。
     すべての事について、感謝しなさい。
     これが、キリスト・イエスにあって 神があなたがたに
          望んでおられることです。   
 ( テサロニケ 第一 5:16-18 )

● この聖書のことばは、主なる神を信じているクリスチャンに対して語られている言葉ですが、あなたが、クリスチャンでなければ、そんなのムリだよ! と思われるに違いありません。

 そうですよネ。「いつも喜ぶ」 なんて、とんでもない。いいことがあった時なら喜べる。
「絶えず祈る」 なんて、出来っこない。願い事がある時などに、神仏の宮に出かけて行って祈ったり、儀式の中で黙祷したりすることはあっても、回数にしたら、1年に何回あるのかな?
「すべての事に感謝」 なんて、ムリな話。感謝出来ないことに、口先だけで感謝しても、ウソになってしまう !

 まったく、その通りだと思いますが、主なる神さまを信じているクリスチャンは、そうではないんですよ。
 クリスチャンであっても、上に書いてある通りだ ━━ と思っておられる方があるとしたら、あなたの信仰が、的はずれになっていますので、神のみことば・聖書から、しっかり教えられ、内住してくださっている真理の御霊(聖霊なる神)に、きちんと教えていただきましょう。

「いつも 喜んでいなさい。」 とある、この「喜び」 は、この世が私たちに与えてくれる喜びとは違います。
「主にあって 喜びなさい。」 (ピリピ 3:1)
「いつも 主にあって 喜びなさい。」 (ピリピ 4:4)
 主にあって喜ぶ「喜び」 です。主の喜び・キリストの喜び、です。

 主イエス・キリストご自身が、言われています。
「わたし(イエス・キリスト)の喜びが、あなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためです。」  (ヨハネの福音書 15:11)

 主なる神を信じ・受け入れているクリスチャンには、「主の喜び・キリストの喜び」 が、心のうちに与えられたのです。
 主なる神は、「喜び」に満ちあふれたお方です。 (詩篇 16:11)
 その、主なる神の喜びが、私たちの心のうちに満たされたのです。

 どのようにして ?

 私たちが、主イエス・キリストを、「神であり・救い主(ぬし)である」 と信じ・受け入れた時に、「聖霊のバプテスマ(洗礼)」 を受けて、全知・全能の「聖霊なる神」 が、私たちの心のうちに「助け主」 として入ってくださり、内住してくださるようになりました。
 私たちのからだは、「神の神殿・聖霊の宮」 となりましたよ。

 そして、私たちのうちに、御霊の実である、
愛・喜び・平安・寛容・親切・善意・誠実・柔和・自制 ━━ の実を結んでいく者に、変えていってくださっています。

 これらはすべて、この世の与える 愛・喜び・平安 ・・・・・ ではありません。世が与えるものとは違います。
 「 主なる神の愛 ・ キリストの愛 」
 「 主なる神の喜び ・ キリストの喜び 」
 「 主なる神の平安 ・ キリストの平安 」
 ・・・・・・・・・・・・  です。

 主イエス・キリストは、「わたしの喜び」 を与えてくださいましたが、「わたしの平安」 についても、次のように語っておられます。
「わたし(イエス・キリスト)は、あなたがたに平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。」 (ヨハネの福音書 14:27)

 主の 愛・喜び・平安 ・・・・・ / キリストの 愛・喜び・平安 ・・・・・ を、私たちの心のうちに与えてくださり、心に満たしてくださるのです。

 この、主の愛を・喜びを・平安を ・・・・・ 私たちから奪い去るものはありません。
 私たちは、この世で生活している限り、患難も・苦しみも・迫害も・危険も ・・・・・ さまざまのことが起こってきますが、主なる神から与えられ・心に満たしてくださっている、主の愛・喜び・平安 ・・・・・ は、ゆるがされることがないのです。
 あなたが、内住されている「聖霊に満たされている」限りは、大丈夫なのです。
 あなたは、何が起ころうとも、いつも、主にあって 喜んでいることが出来るのです。

「 いつも 主にあって、喜びなさい。」 喜び続けなさい。
 そのような、「わたしの喜び」 をあなたに与えています。
━━ と、主イエス・キリストはおっしゃっていますよ!

● 次に、 「 絶えず 祈りなさい。」 ━━ ということについてですが、誰に対して、祈るのでしょうか?
 クリスチャンの場合は、木や石などの偶像に対してではなく、「主なる神」 に対してですよネ。

「祈り」を、何か特別な形や内容が必要な、深遠で・瞑想的で・神秘的なものだと思っておられるとしたら、簡単には祈れないわけですから、「絶えず祈る」 などということは不可能です。
 一日あるいは一週間に何回か程度のものに、なってしまいます。

 聖書を通して、主なる神が教えておられる祈りは、そのような祈りではありませんよ。
「絶えず祈る」 祈りです。

 私たちが祈る対象のお方・主なる神は、どこか遠くにおられるのではないのです。実に、私たちの心のうちに、内住しておってくださるのです。
 私たちのからだは、「神の神殿・聖霊の宮」 だと、聖書で言われています。

 父・子・聖霊、三位一体(さんみいったい)の主であられる聖霊なる神が、私たちの心に内住しておってくださるのです。
 インマヌエル(神、われらと共にいます)のお方として、遠くではなく・そばにでもなく、実に、私たちの心のうちに住んでいてくださるのです。
 その、三位一体の主であられる神に祈るのです。

 私たちが、内住の聖霊なる神に導かれて祈る祈りは、芳しい香りとなって、天の御座におられる子なる神、イエス・キリストの所にまで立ち昇り、そのキリストのとりなしによって、キリストの御名のゆえに父なる神に届けられていくのです。
 父・子・聖霊、三位一体の主なる神が総がかりで、私たちの祈りを聞いてくださり、答えてくださるのです。

 私たちのうちに内住してくださっている神に祈るのに、それも、私たちを「神の子ども」と言ってくださっているお方に祈るのに、特別な準備・言葉・形式 ・・・・・ が必要でしょうか。
 
 子どもが、すぐそばにいるお父さんやお母さんに話をするのに、特別な何かが必要でしょうか。
 そばにお父さんやお母さんがいるのに、何も話しかけないで、黙ったままだとしたら、異常です。
「お父さん、・・・・・ 」 「お母さん、・・・・・ 」 と、ごくごく普通に・自然に話しかけます。聞いてもらいたいこと・お願いごと・感謝の気持ち など ・・・・・ 、いろいろ話しかけていきます。

 話しかけられたお父さん・お母さんの方も、子どもが話しかけているのに、聞こうともしないで・返事もしないで・黙ったままだとしたら、これまた異常です。
 親子の意志疎通がなされていないことになります。

「絶えず 祈る」 ということも同じです。
 私たちのうちにおられる(直接は、聖霊なる神にですが)三位一体の主なる神に祈るのです。話しかけるのです。絶えず 祈るのです。絶えず 話しかけるのです。
 賛美・感謝・願い・とりなし・悔い改め ・・・・・ なんでも祈るのです。話しかけるのです。
 子どもが、お父さんやお母さんに話しかけるように、話しかけるのです。祈るのです。

 父・子・聖霊、三位一体の主なる神が、総がかりで、私たちの祈りを聞いてくださり、答えてくださいますよ。
 いつ ? どんな形で ? ━━ それは、お楽しみ! すべてを最善に導いてくださる、主なる神さまにおまかせです。

● 次に、 「 すべての事について、感謝しなさい。 」 ━━ ということについてですが、これも又、「主にあって 感謝しなさい。」 ということですよネ。
 誰に対して、感謝するのでしょうか ? 主なる神さまに対してです。

 あたり前に思っていることも、ちょっとしたハプニングやトラブルがあると、とたんに、あたり前のことではなかったんだ ━━ と、思い知らされます。

 歩けるのがあたり前・走れるのがあたり前・物を持つのがあたり前・自転車に乗れるのがあたり前 ・・・・・ だと、今年(2013年)の6/13に、ギックリ腰になるまでは、そう思っていましたよ。
 9/10には、妻が、足の肉離れを起こして歩けなくなり、これ又、いろんなことが、あたり前ではなくなりました。

「愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているように、すべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。」  (ヨハネの手紙 第三 2節)
 健康も又、天地万物の創造主である、神さまからのプレゼントであることがわかります。

 クリスチャンは、毎日のように、「主の祈り」 を祈ります。これまで、合計すると、何回・何万回、祈ってきたでしょうか。
「私たちの日ごとの糧(かて)を、きょうもお与えください。」
 毎日の食べ物も、あたり前だとは思わないで、今日も与えられるようにと祈っています。

 毎食の、食事の前には、「食前の祈り」 をささげてから、感謝していただいています。
 感謝していただくと、おいしいものが、よけいにおいしくいただけます。

 自分たちのためだけでなく、今なら、大被害を受けて、食べる物にも窮されているフィリピンの人たちにも、「きょうの糧をお与えください。あすの糧もお与えください。」 と祈っています。

 毎日、太陽が上ってくるのも、必要な雨が降るのも、野菜や果実が育つのも ・・・・・ 私が生きていることも ・・・・・ 私が才能だと思っていることも ・・・・・ すべてが、決して、あたり前のことではありません。

 心臓が動いていることも、呼吸していることも、吸うべき空気があることも、その空気の中に絶妙なバランスで、必要な酸素があることも ・・・・・ すべてが、決して、あたり前のことではありませんよ。

「あなたは、何か、もらったものでないものがあるのですか。
 もし もらったのなら、なぜ、もらっていないかのように誇るのですか。」
                   (コリント第一 4:7)

 すべてのことが、天地万物の創造主である神さまからのプレゼントです。
 こうしたことを、しっかりと認識して、すべての事について、主なる神に感謝するのです。

 避けることの出来ない災害や患難さえも、感謝します。
 患難は、経験したくはありませんが、そのことさえも、
「神を愛する人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださる。」  
   (ローマ 8:28) ━━ と、約束してくださっています。

 そのような患難さえも、試練の時・私たちを練り上げる時として、益に導いてくださいます。
 患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が、希望を生み出していくように導いてくださるのです。

 そして、そのような私たちの経験さえも生かして、同じような苦しみの中にいる人たちのために、用いてくださるのです。

 すべての事について、主にあって 感謝しなさい。
 これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに望んでおられること ━━ なんですよ !

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2013年11月24日

【 雪の たから 】

● 東京に住んでいる長女から、「いい本だよ!」 と言って、勧められたのが、
「 雪のたから 」 (パトリスア・ジョン 著 / いのちのことば社・発行) でした。

 高槻市立図書館にあるかな、と調べてみると、ちゃんとありましたので、早速借りてきて、まず、妻が読み終えましたよ。

 アンネットの弟ダニーは、
 級友ルシエンのいじわるが原因で谷底に落ち、
 足が不自由に ・・・・・。

 子どもたちの日常生活を通し、
 罪とその救いを、あたたかい視点で
 描いた 児童文学。

( あらすじ )
http://fermat.sakura.ne.jp/meisaku/annett/annett_emi.htm

( 作者のことば より )
 私は七歳の時にスイスへ行き、それから長くスイスでくらしました。私の家は、このお話に出てくるアンネットやダニーの住んでいた村を見おろす山の上にありました。
 私も、アンネットやダニーのように、月の光の下をそりに乗って学校へ行きました。
 夏には、ほし草を作るのを手伝ったり、牛のあとについて山に登り、ほし草のなかでねむったりしました。
 クリスマス・イブには、オレンジや、しょうがパンの熊でかざられたクリスマス・ツリーを見に、教会へ行きました。
 ・・・・・・・・・・・

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2013年11月23日

「 どうだんつつじ 」 の 紅葉

● 「 どうだんつつじ 」 (灯台躑躅) の紅葉が、美しい頃となりましたネ。

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 「どうだん」 というのは、「灯台・とうだい」 から転じたもので、枝分かれしている様子が、「結び灯台」 の脚部に似ていることによるようです。

 ※ 結び灯台 ━━ 三本の木の棒の上方を結んで三脚にし、その上に油皿を置いて火
              をともすもの

 ところで、こんなに紅葉が美しい「どうだんつつじ」 ですが、花って、いつ頃咲いて・どんな花でしたっけ ?

どうだんつつじ.jpg

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A6%E3%83%80%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%84%E3%82%B8
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【 Yasu さんの ひとこと 】 (2)

       いい夫婦の日

 もうすぐ、大切なこの一年が ・・・・・。
 すごく速く感じる。

 若い時は、速く年を取りたいと思った時期が、あったような気がしたのに ・・・・・。
 なんだかんだと、のんきにしている間に、七十を呼んでしまった ・・・・・。

 私の友人の皆さんは、実行力と云うのか・行動力と云うのか、
すごく時間を、大切に 且つ 有効に活用されておられるのには、
頭がさがりっぱなしで ・・・・・。

 たとえば、趣味の 「写真」 にしても、
皆さんは、週に一回〜、撮影に出られるようなのに、
こちらは、月に一回〜、と情けない限りで、妻にも、
「 頑張りなさいよ、あんたも !」 と、叱咤激励されっぱなしで ・・・・・。

 よし、頑張るぞ ! ・・・・・ と気ばかりで、情けない。
 でも、来年こそは !! ・・・・・。

 ━━ でも、よき ( 良き ・ 善き ・ 好き )友人に恵まれ、
     とても楽しい人生だな 〜
と思う、今日この頃です ・・・・・。

 昨日(11/22)は、 “ いい夫婦の日 ”
 ・・・ 妻とも仲良く、いい夫婦で ・・・。
 お互いに、思いやりが大切なのでは、と思って ・・・・・。

 ( 赤目の滝にて by yasu )
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2013年11月22日

【 Yasu さんの ひとこと 】 (1)

      母の形見の 果物ナイフ

 母が使っていた果物ナイフで、頂き物の好物の柿をむいていると、
 亡き母の、 「 今晩は 」 ・・・・・ という声が聞こえたような気がした ・・・・・。

 生前、居間に二人だけの時、母に、
「 りんごを むいて!」 と、よく頼んだものだった。

 すると母は、ニコニコ顔で、嬉しそうにナイフをキラリとさせると、
上手くさばいて、少し塩味を付けて、きれいなお皿に、可愛く盛り付けてくれた。

 夏みかんやハッサクなども、ナイフを上手く動かして、袋までもむいて、
外皮の中に盛り付けて、いつもの皿にチョコッとのせて、
「 いっぱい 食べや。」 と、ニコニコ顔をしていた。

 母に、「 食べたんか? 」 と聞くと、スーッと自分の部屋に戻っていく。
 母の分として、少し残しておいた ・・・・・ 。

 この11月1日に、一周忌を迎えた。
 思い出すと、母が準備してくれたすべてが、美味しかった気がする。

 この形見の果物ナイフで、孫に皮をむいて食べさせなくては ・・・・・ 。

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