2014年04月14日

【 主イエス ・ キリストの あゆまれた 最後の一週間 】 ( 2 )

● 4/13 (日) から 「 受難週 」 に入りました。
 私たちの主イエス ・ キリストがあゆまれた、最後の一週間を 深く心に刻みつけたい 「 一週間 」 です。

●  「月曜日」 は、どんな一日だったのでしょうか。
 ベタニヤを出発して、エルサレムに着き、イエス・キリストは、神の宮に入り、宮の中で売り買いしている人々を追い出し、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰かけを倒されます。
「 わたしの家は、祈りの家でなければならない。」

「 月曜日 」 から 「 水曜日 」 にかけて、イエス・キリストは、昼間は神の宮で人々に教え、夜はいつも、町の外に出て、オリーブ山で過ごされます。

 イエス・キリストは、最後の日々、神の宮で人々といっしょにいて、多くのことを教え、福音を宣べ伝えられます。

 ある人に、二人の息子がいました。その人は兄のところに来て、
「 きょう、ぶどう園に行って、働いてくれ。」
といいました。兄は答えて、「 行きます。お父さん。」 と言ったが、行きませんでした。
 それから、弟のところに来て、同じように言いました。ところが、弟は答えて、
「 行きたくありません。」 と言ったが、あとから悪かったと思って、出かけて行きました。
 二人の内、どちらが、父の願った通りにしたのですか。

 招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです。
 カイザルのものは、カイザルに返しなさい。そして、神のものは、神に返しなさい。
 復活の時には、人はめとることも、とつぐこともなく、天の御使い(みつかい)たちのようです。
 神は、死んだ者の神ではありません。生きている者の神です。

 大切な第一の戒めは、
「 心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」
 第二の大切な戒めは、
「 あなたの隣り人を、自分と同じように、愛せよ。」
 この二つの戒めに、律法全体と預言者とがかかっているのです。

 あなたがたのうちの、一番偉大な者は、あなたがたに仕える者でなければなりません。だれでも、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされます。
 律法学者やパリサイ人が、あなたがたに言うことは、みな行ない、守りなさい。けれども、彼らの行ないをまねてはいけません。彼らは、言うことは言うが、実行しないからです。

 まことに、あなたがたに告げます。この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりも、たくさん投げ入れました。レプタ銅貨を二つ。みなは、あり余る中から投げ入れたのに、この女の人は、乏しい中から、あるだけを全部、生活費の全部を投げ入れたからです。

 まことに、まことに、あなたがたにつげます。一粒の麦が、もし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。自分のいのちを愛する者は、それを失い、この世でそのいのちを憎む者は、それを保って、永遠のいのちに至るのです。

 やみの中を歩く者は、自分がどこに行くのかわかりません。あなたがたに光がある間に、光の子どもとなるために、光を信じなさい。
 この天地は滅びます。しかし、わたしのことばは、決して滅びることがありません。ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いも、子である私も知りません。ただ、父なる神だけが知っておられます。
 だから、目をさまし、注意していなさい。主人が不意に帰ってきた時、眠っているのを見られないようにしなさい。
 わたしが、あなたがたに話していることは、すべての人に言っているのです。目をさましていなさい。

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posted by ukon3 at 22:08| Comment(0) | 聖書 シリーズ
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