2013年07月28日

【 天地創造 】 (10 ・ 終 ) 第七日目の創造

〈人間の創造〉をもって、天と地とそのすべての万象が完成されました。

 しかし、天地創造は、六日間の創造の御業(みわざ)で終わったのではありません。

 七日目。
「神は、第七日目を祝福し、この日を聖であるとされた。」 聖なる日の創造です。
 安息日として、霊肉を休息させ、天地の造り主(つくりぬし)・主なる神を礼拝するのです。

 以上、これが、天と地が創造されたときの経緯ですが、その同じ主の御手によって、私をも、創造してくださったのです。

「主よ。あなたは私の内蔵を造り、母の胎のうちで、私を組み立てられました。私は感謝します。あなたは、私に、奇しいことをなさって恐ろしいほどです。私のたましいは、それをよく知っています。
 私がひそかに造られ、地の深い所で仕組まれたとき、私の骨組みは、あなたに隠れてはいませんでした。あなたの目は胎児の私を見られ、あなたの書物にすべてが、書きしるされました。私のために作られた日々が、しかも、一日もないうちに。」

 ―― 主なる神は言われます。
 「わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。」  ハレルヤ!

 お祈りをいたしましょう。

( 大和なでしこ by 描き人知らず )
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2013年07月27日

【 天地創造 】 (9) 第六日目・人間の創造

 いっさいの準備が終わった所で、主なる神は〈人間の創造〉にとりかかられます。

 神は仰せられました。「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして、彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」

 神は、人間を創造するに当たって、他の被造物を造る時よりも、より念入りに計画を練って創造されました。人間は、神によって造られた存在というだけでなく、「神のかたち」に創造された存在なのです。

 神である主は、土地のちり(アダーマー)で人(アーダーム)を形造り、その鼻にいのちの息を吹きこまれました。こうして、人は、生きたもの・生きた霊となりました。

 神が、ご自分のかたちにかたどって造られた人間は、きよく、正しく、美しい、最も見事な被造物でした。
 男性であったアダムの「ふさわしい助け手」として、アダムのあばら骨から、女性・「生きた者の母」という意味のエバが創造されました。
 男性と女性とは、もともとは、ひとりだったのです。

 男女はそれぞれ、「ふさわしい助け手」として、他を必要とする存在です。夫婦としては勿論のこと、いろんなソシキ、そして教会においてもそうです。
 ふさわしい助け手というのは、自分にかわってやってもらう「助手」ということではなくて、互いに、男だけではできないこと、女だけではできないことを、助け合い、補い合っていく、そういう意味の「助け手」であるということです。

〈人間の創造〉をもって、天と地とそのすべての万象が完成されました。

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2013年07月25日

【 天地創造 】 (8) 第六日目の創造

 そして、いよいよ六日目です。

 水中と空中には、生きものがみちみちていました。しかし、陸地にはまだ生きものがおりません。

 神は仰せられました。「地は、その種類にしたがって生き物、家畜や、はうもの、その種類にしたがって野の獣を生ぜよ。」
 地は次々と、あらゆる種類の動物を生じ、陸地に創造されていきました。

● 聖書に出てくる動物達を紹介しておきましょう。

あおむし、あぶ、あり、いなご、犬、いのしし、岩だぬき、う、牛、うじ、うずら、馬、おおかみ、かえる、かたつむり、かば、カメレオン、かもしか、かもめ、からす、きつね、くじゃく、くま、くまばち、くも、こうのとり、こうもり、さぎ、さそり、さる、しか、しし、しみ、しゃこ、じゅごん、すずめ、象、たか、だちょう、つばめ、とかげ、とび、にわとり、ねずみ、野うさぎ、のみ、ハイエナ、はえ、はげたか、蜂、ばった、はと、はやぶさ、羊、ひょう、ひる、ふくろう、ぶた、ぶよ、へび、ペリカン、まむし、みみず、みみずく、やぎ、やつがしら、やまあらし、やもり、夜たか、らば、らくだ、ろば、わし

 空には鳥がさえずり、地上には獣が遊び、水中には魚がおどり、美しい大自然の中で、いのちを楽しみはじめました。

 はじめの混沌と暗黒の時と比べて、何という違いでしょうか。
 このようにして、創造の大半は終わりました。しかし、まだ全部が完成したわけではないのです。まだ、準備にしかすぎないのです。

 創造の真の目的は、天地そのものにあったのではなく、 〈人間の創造〉 にあったのですから。

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2013年07月24日

【 天地創造 】 (7) 第五日目の創造

 五日目は、どのようなものが創造されていったのでしょうか。

 光が造られ、大気が備わり、植物が造られ、太陽が規則正しく、運行をはじめますと、地の様子はまったく一変し、地上は、動物が生息するための基礎的な条件がととのいました。

 神は、水の中の生き物と空をとぶ生き物とを、創造されました。
 今や新しいいのちが、水にも空にもみちみちるようになりました。

 沖合遠く巨体を横たえるもの、水底(みなそこ)を静かに泳ぐもの、瀬におどるもの、木の小枝から小枝へと移っていくもの、さえずるもの、大空高く舞うもの、などなど、大地に生き生きとしたいのちの動きが出てきました。

「生めよ。ふえよ。海の水に満ちよ。また鳥は、地にふえよ。」

 神のこの祝福を受けて、これらの生き物は、おびただしくふえていきました。

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2013年07月23日

【 天地創造 】 (6) 第四日目の創造

 つづいて、四日目には、どのようなものが創造されていったのでしょうか。  

「光る物は天の大空にあって、昼と夜とを区別せよ。しるしのため、季節のため、日のため、年のために役立て。天の大空で光る物となり、地上を照らせ。」

 太陽と月と星の創造です。
「神は、大空に、太陽のために、幕屋を設けられた。太陽は、部屋から出て来る花婿のようだ。勇士のように、その走路を喜び走る。その上るのは、天の果てから、行き巡るのは、天の果て果てまで。その熱を免れるものは、何もない。」

「すばる座やオリオン座を造り、暗黒を朝に変え、昼を暗い夜にし、海の水を呼んで、それを地の面(おもて)に注ぐ方。その名は主。」
「神は牡牛座、オリオン座、すばる座、それに南の天の室(むろ・コールザック)を造られた。」

「私たちの主、主よ。あなたの御名は全地にわたり、なんと力強いことでしょう。あなたは、ご威光を天に置かれました。あなたの指のわざである天を見、あなたが整えられた月や星を見ますのに、人とは何者なのでしょう。あなたが、これを心に留められるとは。」

 天体の創造によって、天候、気象のしるし、方位・天文のしるしが与えられ、季節が生まれ、暦がうまれ、万物にいのちを供給し、自然の美しさを生み出し、生きものの日々の生活に、はかりしれない大きな役目が果たされていきました。

 このようにして、つづく、動物の創造の備えがととのえられていったのです。

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2013年07月22日

【 天地創造 】 (5) 第三日目の創造

● 第三日目は、どのようなものが創造されていったのでしょうか。

 神は 「天の下の水は、ひと所に集まれ。かわいた所が現れよ。」 と仰せられました。
 陸と海の創造です。

 全地をおおっている水が動き、流れ出します。水底に大変動が起こって、陸地が隆起しはじめました。全地球の表面の1/3にわたって、陸地が姿をあらわしました。
 人間をはじめ、すべての生きものが棲息するための大気がまず備えられ、つづいて、生活の根拠となる大地が備えられたのです。

 今から100年ほど前、ドイツの気象学者・アルフレッド・ウェゲナーは、世界地図を見て、ヨーロッパ・アフリカの西側の海岸線と、北アメリカ・南アメリカの東側の海岸線が、まるで “はめ絵パズル” のように、見事に重なり合うことに気づきました。
(地図帳を開いて、一度じっくりご覧になってみて下さい。)

「大西洋の東と西の大陸は、もともとくっついていたのではないか。それが二つに分かれて移動し始め、今では何千キロメートルもはなれてしまったのではないか。」
という、【大陸移動説】を発表したのです。
 そして研究の結果、更にすすんで、現在、海をへだててはなればなれになっているすべての大陸は、かつては一つにつながっていたのだ、と考えるようになりました。
 この、ひとつながりの大きな大陸は、「パンゲア」とよばれています。パンゲアとは、「すべてが一つの大陸」という意味です。

 発表当時は、多くの学者は賛成しませんでしたが、その後、地球に関する観測や研究が、急速に発展してきました。そして、ウェゲナーの【大陸移動説】が証明されてきています。 こういう風にです。
 大西洋の両側の大陸の間には、海底山脈が、北から南までえんえんと続いています。
 その海底山脈の真下には、岩石がどろどろにとけた熱い物(マグマ)が、わき上がってきているのです。このマグマが海底まで上がってくると、やがて冷え固まって岩盤となりますが、固まりかけの岩盤が、左右に広がりながら、動いていくのです。
 海底の岩盤の上にある大陸は、この広がる岩盤に乗って運ばれ、だんだんはなれていった。―― というのが、現代の科学の結論です。
 ウェゲナーの頭にひらめいた「大陸は動く」という【大陸移動説】は、科学の進歩によって見事に証明されたのです。

「知識もなく、言い分を述べて、摂理を暗くするこの者はだれか。わたし(神)はあなたに尋ねる。わたしに示せ。
 わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。あなたに悟ることができるなら、告げてみよ。 あなたは知っているか。だれがその大きさを定め、だれが測りなわをその上に張ったかを。 その台座は、何の上にはめ込まれたか。その隅の石は、だれが据えたか。」
 これは、ヨブという人に語られた神のみことばですが、そのみわざをなさった方のみがなしうる描写です。

「あなたがたは、知らないのか。聞かないのか。初めから、告げられなかったのか。地の基がどうして置かれたかを、悟らなかったのか。地の深みは、主の御手のうちにあり、山々の頂も主のものである。海は主のもの。主が、それを造られた。陸地も、主の御手が造られた。」

「天を創造した方。すなわち神。地を形造り、これを仕上げた方。すなわち、これを堅く立てられた方。これを形のないものに創造せず、人の住みかに、これを形造られた方。」

「来たれ。私たちは伏し拝み、ひれ伏そう。私たちを造られた方、主の御前にひざまずこう。」

 なんのための、光・大気・陸と海の創造であったのでしょうか。
 これらはみな、〈いのち〉をこの地上に存在させるための準備にほかなりません。準備ができた今、神は、次の日を待たずに、すぐ次の創造に移られます。

「地は、植物、種を生じる草、種類にしたがって、その中に種のある実を結ぶ果樹を、地の上に芽生えさせよ。」
 神が、みことばを発せられると、地は植物を芽生えさせました。いのちの出現です。〈いのち〉の創造です。神秘そのものであるいのちが、今や世界に出現したのです。

 聖書に出てくる植物 の名前を、“あいうえお順” に言ってみますと、
アカシヤ、あざみ、あし、あめんどう、あわ、いちじく、いちじく桑、いとすぎ、いなご豆、いばら、いらくさ、えにしだ、大麦、オリーブ、かしの木、かしわ、からし、からまつ、きゅうり、クミン、くるみ、桑の木、けやき、恋なすび、香はく、コエンドロ、黒たん、小麦、ざくろ、サフラン、しば、しょうぶ、すいか、すずかけ、すべりひゅ、ぜにあおい、たまねぎ、つる草、テレビンの木、とうごま、なつめやし、ナルド、苦菜、肉桂、にら、にんにく、野うり、野ばら、はこやなぎ、はだか麦、はっか、はとのふん、パピルス、ばら、バルサムの木、ヒソプ、びゃくだんの木、ぶどう、ポプラ、豆、ミルトス、麦、もみの木、やし、柳、ゆり、りんご、レンズ豆

 そのほか、植物図鑑にのっている、あらゆる種類の植物が創造されました。

 こうして、夕があり、朝となりました。

( いのち・植物の創造 by Ukon )
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2013年07月21日

【 天地創造 】 (4) 第二日目の創造

● 「初めに、神が天と地を創造した。」

 第二日目は、どのようなものが創造されていったのでしょうか。

 神は「大空よ。水の間にあれ。水と水との間に、区別があるように。」と仰せられました。
 大気圏の形成です。私たちが毎日見ている、青空の創造です。空が青く見えるのは、光が空気の働きで、可視光線の青や藍や紫の光線が、四方に屈折(乱反射)するためです。
 ということは、大気が創造されたことを意味します。 

 そして、大空の下にある水と、大空の上にある水とが、分離されました。
 水蒸気、霧、雲、雨、雪、あられ、ひょう、風、波、かみなり、といった大気圏中のあらゆる現象が、創造されていきました。

 大空の下にある水は、まだ全地をおおっており、私たちが見ているような陸地は、現れていません。
 しかし、大気の創造によって、すべての生きものが棲息していくのに適する条件が、ととのえられていきました。

 神は、この大空を、「天」と名づけられました。

「天は神の栄光を語り告げ、大空は、御手(みて)のわざを告げ知らせます。」

( 大空の創造 by Ukon )
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2013年07月19日

【 天地創造 】 (3) 第一日目の創造

●  「初めに、神が天と地を創造した。」

 それでは、どのようにして、天地万物が、三位一体の神によって創造されていったのか、見ていくことにしましょう。

 まず、「初めに」と訳された言葉についてです。この言葉は、旧約聖書が記されたもとのことばであるヘブル語では、「頭」という言葉から出たものです。からだの先が頭であるように、ある事物の先端や頂点のことです。
 ですから、こういうことではないのです。神が、仕事のはじめに、最初の仕事として、天と地を創造した、ということではありません。

 こういうことです。すでにあるものをさかのぼっていって、それ以上の先がない端、現にある世界の歴史の発端、「はじまりに」神が、天と地を創造した、というのです。
 主なる神は、万物のはじまりに、無から、形あるものとして、天と地を創造されました。宇宙空間と、その中に浮かぶ私たちの地球です。

 まず、空間が神によって創造されました。
 そして、神はこの天地の空間の創造とともに、「時間」が存在しはじめました。
「空間」と「時間」が、創造されたのです。
 今、宇宙に数知れず浮かぶ星は、四日目に創造されましたから、一日目のこの時点では、宇宙空間には、まだ何もありません。真の闇の世界です。
 生まれたばかりの地球も、まだ未形成の状態で、そこには、何もありませんでした。あるものは、混沌と、大いなる水と、やみのみです。大いなる水が、創造されていました。やみが大いなる水の上にあり、神の霊が水の上を、舞いかけるように動いていました。

 神は、この混沌と暗黒の状態を、秩序立った世界に造りかえていかれます。
 そのとき、神が 「光よ。あれ。」 と仰せられます。
 日本語訳では、この個所のみ言葉は、「光よ。あれ。」という命令文ですが、ヘブル語の原文では、平叙文・命令文の区別はなく、二つともまったく同じ形です。
 神が「光よ。あれ。」といって命令されて、光が創造されたというよりは、「光がある。」「光が存在するようになる。」と“宣言” されて、光が存在するようになった、光が創造されたというのです。
「はい。こちらを見なさい。」というのと、「はい。こちらを見る。」というのとでは、違いますよね。

「光よ。ある。」 創造されたこの光は、太陽の光ではありません。
 混沌と暗黒の状態は、創造された光に照らし出されました。
 神は、創造された光を見て、それがみこころにかなう状態であることに満足されました。
 光は、混沌とした状態に、秩序をもたらしました。やみに対して、光が創造され、光とやみとは区別されました。
 そして、光には「昼」と名づけて、昼としての役割、やみには「夜」と名づけて、夜としての役割を与えられました。
 こうして、一日に秩序が生まれ、光とやみ・昼と夜が交互に来るようにされ、「夕べ」と「朝」が創造されました。

「第一日」 に、主なる神によって創造されましたのは、
 宇宙空間である天、地球、時間、闇、大いなる水、光、昼、夜、夕、朝、それらに関係するものごと。
 以上のものが、創造されました。

 またたく間に、できたのではありません。5分ほどで、できたのではありません。
 全知全能の知恵と力をもって、時間をかけて、綿密に、創造されていきました。

( 「光よ あれ 」 by Ukon )
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2013年07月18日

【 天地創造 】 (2) 子なる神による創造

● 「初めに、神が天と地を創造した。」
“神が創造した” とありますが、もう少しくわしく見ておきましょう。

 旧約聖書では、「神」「主」「主なる神」と言われていますが、新約時代に生かされている私たちには、「主なる神」とは、父・子・聖霊の三位一体(さんみいったい)の神であることを知っています。
 この三位一体の神が、「初めに、天と地を創造された」のです。

「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方(子なる神)は、初めに、父なる神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずに出来たものは一つもない。」
 私たちが、「神の御子・私たちの救い主」として知っている主イエス・キリストなるお方が、すべてのものを造られたと、聖書は言っています。被造物で、主イエス・キリストによらずに出来たものは一つもありません。

 天も、地も、すべての御使い(みつかい・天使)、主の万軍、日、月、すべての輝く星、天の天、天の上にある水、その他 海の巨獣、すべての淵、火、ひょう、雪、煙、山々、すべての丘、実のなる木、獣、すべての家畜、はうもの、翼のある鳥、若い男、若い女、年老いた者、幼い者。
 すべてのものは、主イエス・キリストが命じて造られたのです。
 天と地、その中にあるいっさいのもの、すなわち、有形無形のすべてのもの、自然界ばかりでなく、超自然界も含めたすべてのものを、無から創造されたのです。

 御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方です。なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も、権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は御子によって造られ、御子のために造られたのです。御子は万物より先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。

「天地創造」にかかわられた時の子なる神・主イエス・キリストのことが、旧約聖書の「箴言」の8章に記されています。
「主は、その働きを始める前から、そのみわざの初めから、わたしを得ておられた。大昔から、初めから、大地の始まりから、わたしを立てられた。
 深淵(しんえん)もまだなく、水のみなぎる源もなかったとき、わたしはすでに生まれていた。山が立てられる前に、丘より先に、わたしはすでに生まれていた。神がまだ地も野原も、この世の最初のちりも造られなかったときに。

 神が天を堅く立て、深淵の面に円を描かれたとき、わたしはそこにいた。神が上のほうに大空を固め、深淵の源を堅く定め、海にその境界を置き、水がその境を越えないようにし、地の基を定められた時、わたしは、神・父なる神のかたわらで、これを組み立てる者であった。わたしは毎日喜び、いつも御前で楽しみ、神の地・この世界で楽しみ、人の子らを喜んだ。」

( 天に神の栄光 by Ukon )
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2013年07月17日

【 天地創造 】 (1)  初めに 神が天と地を

● 創世記 1章1〜13節

「初めに、神が天と地を創造した。」

 何と厳粛で、力強いひびきのことばでしょうか!
「創世記」の、そして聖書全体の、最初のこの一文は、「創世記」の土台であるというだけでなく、聖書全体の土台です。聖書全体のキー・センテンス、鍵となる文章です。

 この簡明にして、直接的なみことばは、神の創造についての宣言であり、創造全体のテーマでもあります。人の思いも、経験も、はるかに及ばない事柄についての、神からのメッセージです。
 ここには、何の説明も、弁明もありません。ですから、このメッセージを聞く者には、それを信じるか信じないかの選択が求められているだけです。

 かつての私たち、神を神とも思わず、生かされているのではなく、自分の力で生きているのだと、疑わず、罪と滅びと暗闇の中を的はずれに生きていた頃の私たちには、「天地創造」の物語は、信じるなどとはとんでもない、“古事記” や “ギリシャ神話” と同じ、作り物のおとぎ話にしかすぎませんでした。

 しかし、今の私たちは違います。「光が、やみの中から輝き出よ。」と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔(みかお)にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。
 私を罪から救い、私の創造者である、神・キリストを覚えさせてくださったのです。

「信仰は、望んでいる事柄を保証し、目に見えないものを確信させるものです。信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが、目に見えるものからできたのではないことを、悟ることができているのです。」

( 初日の出 by Ukon )
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