2014年07月06日

 特別賛美 【 放蕩息子 】

● 2014.7.6 (日)、阿武山福音自由教会の礼拝の時に、私たち夫婦で、特別賛美をささげました。

 ささげた賛美の曲は、オリジナル のもので、新約聖書 ・ 「 ルカの福音書 」 15章で、
主イエス・キリストが語られた 【 放蕩息子 】 ( ほうとうむすこ ) の話を、賛美の詩にしたものです。

 曲の方は、「 通りゃんせ 」 の歌の調べに合わせてみたものですが、旧約聖書 ・ 「 詩篇 」 の中にも、当時、みんなが よく知っていた ━━ 「 ゆりの花 」 の調べに合わせて ・
「 滅ぼすな 」 の調べに合わせて 歌われた賛美の歌が、登場してきています。

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     【 放蕩息子 】    ※ 「 通りゃんせ 」 の調べに合わせて

   @  「 おとうさん おとうさん
        わたしがいただく はずのもの
        財産分けを してください
        わたしにひとつの 考えが
        こころに湧いて きたのです
        あなたのそばを 離れても
        わたしの道を すすみたい 」

        父にもらった 身代まとめ
        遠いはるかな 国めざし 旅立った

   A  「 あぁ ひもじい 死にそうだ
        豚のえさで飢え 満たしたい
        だれひとり あたえてくれない
        父のところには 食べ物が
        あまっているのに 死にそうだ
        天にも父にも わたくしは
        大きな罪を 犯しました 」

        われに返って 父のみもとに
        罪にけがれた そのままで 帰りゆく

   B  「 おとうさん わたくしは
        天に対しても あなたにも
        罪を犯して しまいました
        あなたの子と 呼んでいただく
        資格は もはや ありません
        やといにんの ひとりとなして
        あなたのしもべに してください 」
   
        父はだきしめ 口づけをして
        悔い改めを 喜んで くださった

  ( 「 放蕩息子 」 レンブラント ・ 画 )
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2014年04月27日

エマオへの道 ・ エマオの晩餐

● 今日 ( 2014.4.27 ) の 阿武山福音自由教会の 日曜礼拝において、鈴木健之牧師により、「 ルカの福音書 」 24章13〜35節 の聖書のみことばについて、『 心が内に燃えた 』 と題して、礼拝メッセージが語られた。

 先週の日曜日 ( 4/20 ) は、主イエス ・ キリストの復活を祝う 『 復活祭 ・ イースター 』 だった。

 今朝の 聖書の個所は、クレオパ と もう一人のキリストの弟子が、エルサレムから エマオ という村に向かう途中で、復活された イエス ・ キリストに出会う場面である。
・ 二人に近づいて、彼らとともに道を歩いて行かれる イエス ・ キリスト
・ イエスだと わからないで、エルサレムであった出来事を説明する二人
・ 食卓に着かれ、パンを取って祝福され、裂いて手渡された時、初めて、復活されたイエ
  ス ・ キリストであることに気づく二人
「 道々 お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心は 内に燃えていたではないか ! 」

● これらの場面を描いた、数々の名画がある。
 ( 「 エマオへの道 」 Robert Zund ・ 画、1877年 )
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 ( 「 エマオの晩餐 」 カラヴァッジョ ・ 画 )
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 ( 「 エマオの晩餐 」 レンブラント ・ 画 )
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2014年04月19日

【 主イエス ・ キリストの あゆまれた 最後の一週間 】 ( 5 )


● 今週 ( 4/13〜19 ) は、「 受難週 」 です。
 私たちの主イエス ・ キリストがあゆまれた、最後の一週間を 深く心に刻みつけたい 「 一週間 」 です。
 そして、明日の日曜日 ( 4/20 ) が 「 復活節 ・ イースター 」 になります。

● 「 土曜日 」 は、どんな日だったのでしょう。
 この日は、安息日 (あんそくにち)。それも、大いなる日。過越の祝いがなされた日です。人々は、過越の食事をして祝いましたが、イエス・キリストは、過越の小羊として、肉をさき、血を流され、生命を捨て、陰府 (よみ) に下られたのでした。

 そして、三日目、次週の日曜日に、イエス・キリストは、罪のあがないのわざをなし終え、死に勝利して、よみがえられるのです。 「イースター」、復活節 ・ 復活祭 です。

 以上、私たちの主イエス・キリストが歩まれた、最後の一週間を、聖書のみことばを通してたどってきました。
 今、改めて、イエス・キリストの十字架上での、第四のことば に目を向けてみましょう。
 マタイの福音書 27章46節
 イエス・キリストは、大声で叫ばれました。
『 エリ、エリ、レマ、サバクタニ。
 わが神、わが神、どうしてわたしを、お見捨てになったのですか。』


 子なる神であられるお方が、神が人となられたイエス・キリストが、どうして、父なる神から、神でないかの如く、見捨てられるというおそろしいことが、なされなければならなかったのでしょうか。
 この 「 受難週 」 の一週間、一つ一つの苦難をどうして、味わわなければならなかったのでしょうか。
 人々からさげすまれ、のけ者にされ、人が顔をそむけるほどさげすまれ、尊ばれず、罰せられ、打たれ、苦しめられ、刺し通され、砕かれていかれたのです。

「 わが神、わが神、どうしてわたしを、お見捨てになったのですか。」
 主よ、私のためです!
 私のために、いのちを捨て、罪過のためのいけにえとなって下さったのです。
 私が、本来、十字架の刑をうけ、打たれ、刺し通され、砕かれなければならなかったのです。
 十字架上で悔い改めて、主を信じたあの犯罪人と同じように、私たちも、祈りたいものです。
「 主イエスさま、父なる神さまが、あなたをお見捨てになられたのは、この私のためです。
 イエスさま、あなたが御国の位にお着きになっておられるこの時、私を思い出して下さい。」

 イエス・キリストの愛にみちた、やさしい御声 (みこえ) が、聞こえてこないでしょうか。
「 まことに、あなたに告げます。あなたは、きょう、そして、いつまでも、わたしとともにパラダイス (天国) にいます。」  アーメン

 お祈りしましょう。

 ( 十字架にかけられる イエス ・ キリスト ) ルーベンス・画
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 ( 十字架から降ろされる イエス ・ キリスト )
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2014年04月18日

【 主イエス ・ キリストの あゆまれた 最後の一週間 】 ( 4 )

● 今週 ( 4/13〜19 ) は、「 受難週 」 です。
 私たちの主イエス ・ キリストがあゆまれた、最後の一週間を 深く心に刻みつけたい 「 一週間 」 です。
 そして、次の日曜日 ( 4/20 ) が 「 復活節 ・ イースター 」 になります。

● 真夜中をすぎ、いよいよ 「 受難日 」 である、「 金曜日 」 になります。 「 過越の備えの日 」 です。

 真夜中のくらやみの中、群衆に引き連れて来られ、イエス・キリストは、大祭司カヤパの所にいます。夜が明けると、祭司長・律法学者や長老たちが集まって来て、サンヘドリンといわれる議会が開かれます。

 大祭司カヤパが、イエス・キリストに言います。
「 私は、生ける神によって、あなたに命じます。あなたは、神の子キリストなのかどうか、その答えを言いなさい。」
「 あなたの言うとおりです。なお、あなたがたに言っておきますが、今からのち、人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります。」
「 神への冒瀆(ぼうとく)だ! これでもまだ、証人が必要でしょうか。あなたがたは、今、神をけがす言葉を聞いたのです。どう考えますか。」
「 彼は死刑にあたる! 」 「 死刑にあたる罪がある! 」

 この当時、ユダヤの国は、大帝国ローマの支配下にありましたから、罪に定め、死刑を執行するのは、ローマのユダヤ総督であったピラトの許可が必要です。
 イエス・キリストをしばって連れ出し、総督ピラトに引き渡します。ピラトによる審問が始まりますが、イエス・キリストは、ほとんど何も答えられません。
「 あなたは、ユダヤ人の王ですか。」
「 あなたは、何をしたのですか。」
「 あなたは、王なのですか。」

 ピラトは、官邸を取りまく群衆に言います。
「 あなたがたが、ユダヤ人の王と呼んでいる、あの人を私にどうせよというのか。」
 「 十字架につけろ! 」
「 あの人が、どんな悪いことをしたというのか。」
 「 除け! 除け! 」
 「 十字架につけろ! 」 「 十字架につけろ! 」 「 十字架につけろ! 」 「 十字架につけろ! 」
 「 カイザルのほかには、私たちに王はありません! 」
 「 その者の血は、私たちや子どもたちの上に、かかってもいい! 」

 ピラトは、群衆の気げんをとり、イエス・キリストをむち打ちにした後、十字架につけるようにと、引き渡します。兵士たちは、イエス・キリストを連れて行き、紫の衣を着せ、いばらの冠を編んでかぶらせ、葦の棒で頭をたたき、顔を平手で打ち、つばをかけ、ひざまずいて拝んだりして嘲弄 (ちょうろう) します。
「 ユダヤ人の王さま、ばんざい! 」

 いよいよ、イエス・キリストは、ご自分で、十字架を背負って、総督官邸から、処刑の場所、エルサレムの城へきの外にある、“ どくろの地 ” ( ヘブル語で 「 ゴルゴタ 」、ラテン語で 「 カルバリ 」 ) といわれる場所に、出て行かれます。
 ほかに、二人の犯罪人が、イエス・キリストとともに死刑にされるために、引かれて行きます。

「 どくろ 」 と呼ばれている所に来ると、イエス・キリストを真中にして、ほかの二人の者を両側にして、十字架につけます。
「 ユダヤ人の王、ナザレ人イエス 」
と、ヘブル語とラテン語とギリシャ語で書かれた罪状書きを、十字架の上に掲げます。

「 神殿を打ちこわして、三日で建てる者よ。もし神の子なら、自分を救ってみろ! 十字架から降りてこい! 」
「 彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王さまなら、今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれは信じるから! 」
「 彼は、神によりたのんでいる。もし神のお気に入りなら、いま救っていただくがいい! 『 わたしは神の子だ。』 と、言っているのだから。」

 イエス・キリストは、十字架上で、七つの言葉 を語られますが、第一のことば をかたられます。
『 父よ、彼らをお赦し下さい。彼らは、何をしているのか、自分でわからないのです。』
 兵士たちは、イエス・キリストの着物を分け、下着は、上から全部一つに織った、ぬい目なしのものだったので、一人にあたるように、くじをひきます。

 十字架にかけられていた犯罪人の一人が、悔い改めて、主イエス・キリストを信じます。
「 イエスさま、あなたが御国 (みくに) の位にお着きになる時には、私を思い出して下さい。」
 イエス・キリストの、十字架上での第二のことば
『 まことに、あなたにつげます。あなたは、きょう、わたしとともに、パラダイス (天国) にいます。』

 イエス・キリストの十字架のそばには、イエス・キリストの母マリヤと、マリヤの姉妹と、クロパの妻と、マグダラのマリヤが立っています。
 イエス・キリストの、十字架上での第三のことば 。母マリヤと、そばに立っている愛する弟子ヨハネに対して、
『 そこに、あなたの息子がいます。』 『 そこに、あなたの母がいます。』

 時刻は、十二時ごろになります。全地が暗くなって、三時ごろまで続きます。太陽は、光を失ってしまいます。
 三時ごろ、イエス・キリストは大声で、十字架上での第四のことば を叫ばれます。
『 エリ、エリ、レマ、サバクタニ。 わが神、わが神、どうしてわたしを、お見捨てになったのですか。』

 イエス・キリストは、すべてのことが完了したのを知られます。
 十字架上での第五のことば  『 わたしは渇く。』

 イエス・キリストは、さしだされた酸っぱいぶどう酒を受けられ、十字架上での第六のことば を語られます。 『 完了した。』

 そして、大声で叫ばれます。十字架上での第七のことば
『 父よ、わが霊を御手(みて)にゆだねます。』
 こう叫んで、息を引き取られます。

 神殿の幕が、上から下まで真二つに裂けます。
 そして、地が揺れ動き、岩が裂け、墓が開いて、眠っていた多くの聖徒たちの体が、生き返ります。
 兵士の一人が、イエス・キリストのわき腹を槍で突きさします。血と水が、流れ出て来ます。

 イエス・キリストの弟子でしたが、ユダヤ人を恐れて、そのことをかくしていたアリマタヤのヨセフという議員が、ピラトの許可を得て、イエス・キリストの体を取り降ろします。
 ニコデモも、没薬 (もつやく) とアロエをまぜ合わせた物を持って、やって来ます。
 亜麻布 (あまぬの) で巻き、すぐそばの園の、岩にほられた新しい墓に、イエス・キリストを葬ります。
 墓の入口には、石をころがしかけておきます。

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2014年04月17日

【 主イエス ・ キリストの あゆまれた 最後の一週間 】 ( 3 )

● 今週 ( 4/13〜19 ) は、「 受難週 」 です。
 私たちの主イエス ・ キリストがあゆまれた、最後の一週間を 深く心に刻みつけたい 「 一週間 」 です。
 そして、次の日曜日 ( 4/20 ) が 「 復活節 ・ イースター 」 になります。

● 「 木曜日 」 は、どんな日だったのでしょう。
 この日は、種なしパンの祝いの第一日目、即ち、過越 (すぎこし) の小羊をほふる (屠る) 日です。
 イエス・キリストは、弟子たちに言われます。
「 あなたがたの知っているとおり、二日たつと、過越の祭りになります。人の子は、十字架につけられるために、引き渡されます。
 過越の食事の用意をするために、都に入りなさい。そうすれば、水がめを運んでいる男の人に会うから、その人についていきなさい。そして、その人が入って行く家の主人に、
『 弟子たちといっしょに、過越の食事をする。わたしの客間はどこか、と先生が言っておられる。』
と言いなさい。すると、その主人が自分で、席が整って、用意のできた二階の広間を見せてくれます。そこで、私たちのための用意をしなさい。」

 夕方になって、イエス・キリストは、十二弟子といっしょに、そこに来られます。
「 わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたといっしょに、この過越の食事をすることを、どんなに望んでいたことか。
 このパンを取って食べなさい。これは、あなたがたのために与える、わたしの体です。
 この杯を取って、互いに分けて、飲みなさい。これは、わたしの契約の血です。罪を赦すために、多くの人のために流されるものです。」

 イエス・キリストは、夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれます。たらいに水を入れ、弟子たちの足を洗って、腰にまとっておられる手ぬぐいで、ふき始められます。
「 わたしが、あなたがたに何をしたか、わかりますか。主であり、師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた、互いに足を洗い合うべきです。」

「 まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたのうちのひとりが、わたしを裏切ります。わたしが、パン切れを浸して与える者です。
 ユダよ、あなたがしようとしていることを、今すぐしなさい。」

「 あなたがたに、新しい戒めを与えましょう。あなたがたは、互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも、互いに愛し合いなさい。
 わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり、父のみもとに来ることはありません。

 わたしは、まことのぶどうの木であり、わたしの父は、農夫です。わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。
 あなたがたは、世にあっては、患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしは、すでに、世に勝ったのです。」

 それから、イエス・キリストは、賛美の歌をうたってから、弟子たちと共に、オリーブ山のふもとにある、 ゲツセマネの園 に来て、苦しみもだえながら、切に祈られます。汗が、血のしずくのように地に落ちています。
 御使いが、天から現れて、イエス・キリストを力づけます。弟子たちは、眠ってしまっています。
「 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。」

 イエス・キリストを裏切ったユダに先導されて、剣や棒を手にした大勢の群衆がやってきます。イエス・キリストをとらえ、まず、大祭司のしゅうとアンナスの所、つづいて、大祭司カヤパの所へ、イエス・キリストを連れて行きます。
 弟子たちは皆、イエス・キリストを見捨てて、逃げてしまいます。

 ( 最後の 晩餐 )
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 ( ゲツセマネの園での 祈り )
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2014年04月15日

今夜は 「 復活祭 」 直前の 満月


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● 今夜 (4/15) は、 「 復活祭 」 直前の 満月ですよ。
 外に出てみると、美しく 夜空に光り輝いている 満月を 見ることが出来ます。

 いよいよ、次の日曜日 (4/20) が、 「 イースター ・ 復活節 ・ 復活祭 」 ですネ !!
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2014年04月14日

【 主イエス ・ キリストの あゆまれた 最後の一週間 】 ( 2 )

● 4/13 (日) から 「 受難週 」 に入りました。
 私たちの主イエス ・ キリストがあゆまれた、最後の一週間を 深く心に刻みつけたい 「 一週間 」 です。

●  「月曜日」 は、どんな一日だったのでしょうか。
 ベタニヤを出発して、エルサレムに着き、イエス・キリストは、神の宮に入り、宮の中で売り買いしている人々を追い出し、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰かけを倒されます。
「 わたしの家は、祈りの家でなければならない。」

「 月曜日 」 から 「 水曜日 」 にかけて、イエス・キリストは、昼間は神の宮で人々に教え、夜はいつも、町の外に出て、オリーブ山で過ごされます。

 イエス・キリストは、最後の日々、神の宮で人々といっしょにいて、多くのことを教え、福音を宣べ伝えられます。

 ある人に、二人の息子がいました。その人は兄のところに来て、
「 きょう、ぶどう園に行って、働いてくれ。」
といいました。兄は答えて、「 行きます。お父さん。」 と言ったが、行きませんでした。
 それから、弟のところに来て、同じように言いました。ところが、弟は答えて、
「 行きたくありません。」 と言ったが、あとから悪かったと思って、出かけて行きました。
 二人の内、どちらが、父の願った通りにしたのですか。

 招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです。
 カイザルのものは、カイザルに返しなさい。そして、神のものは、神に返しなさい。
 復活の時には、人はめとることも、とつぐこともなく、天の御使い(みつかい)たちのようです。
 神は、死んだ者の神ではありません。生きている者の神です。

 大切な第一の戒めは、
「 心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」
 第二の大切な戒めは、
「 あなたの隣り人を、自分と同じように、愛せよ。」
 この二つの戒めに、律法全体と預言者とがかかっているのです。

 あなたがたのうちの、一番偉大な者は、あなたがたに仕える者でなければなりません。だれでも、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされます。
 律法学者やパリサイ人が、あなたがたに言うことは、みな行ない、守りなさい。けれども、彼らの行ないをまねてはいけません。彼らは、言うことは言うが、実行しないからです。

 まことに、あなたがたに告げます。この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりも、たくさん投げ入れました。レプタ銅貨を二つ。みなは、あり余る中から投げ入れたのに、この女の人は、乏しい中から、あるだけを全部、生活費の全部を投げ入れたからです。

 まことに、まことに、あなたがたにつげます。一粒の麦が、もし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。自分のいのちを愛する者は、それを失い、この世でそのいのちを憎む者は、それを保って、永遠のいのちに至るのです。

 やみの中を歩く者は、自分がどこに行くのかわかりません。あなたがたに光がある間に、光の子どもとなるために、光を信じなさい。
 この天地は滅びます。しかし、わたしのことばは、決して滅びることがありません。ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いも、子である私も知りません。ただ、父なる神だけが知っておられます。
 だから、目をさまし、注意していなさい。主人が不意に帰ってきた時、眠っているのを見られないようにしなさい。
 わたしが、あなたがたに話していることは、すべての人に言っているのです。目をさましていなさい。

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2014年04月13日

【 主イエス ・ キリストの あゆまれた 最後の一週間 】 ( 1 )

● 今日 (4/13) から 「 受難週 」 に入りました。
 次の日曜日 (4/20) が 「 復活節 」 になります。
 春分の日 のあとの満月 ( 今年は 4/15 ) の すぐ後の日曜日が 「 復活節 ・ イースター ・ 復活祭 」 です。

● 毎年、春、四月ごろに、「受難週」(「聖週間」) と呼ばれる一週間が、めぐってきます。私たちの主イエス・キリストがあゆまれた最後の一週間を、深く心にきざみつけたい 「一週間」 です。
 この 「受難週」 の一週間があって、次の週の日曜日の 「イースター」( 復活節・復活祭 ) を、大きな喜びをもって、迎えられるのです。
 どのような最後の一週間だったのか、主イエス・キリストの歩まれた御足(みあし) の跡を、たどってみたいと思います。

 そのようすは、四つの福音書に記されていますが、必ずしも、出来事順に並べられているわけではありません。又、少しずつ記録の仕方が違いますので、はっきり、何曜日の出来事なのか、いいきれない部分もありますが、じっくり、聖書を開いて熟読するのは、それぞれ、ご自分でしていただくことにして、しばらくの時は、皆さんの心のスクリーンに、イエス・キリストの姿を、うつし出していっていただきたいと思います。

● 一日前の、「土曜日」から、見ていきたいと思います。
 イエス・キリストと弟子たちは、過越(すぎこし) の祭りの六日前の土曜日、ベタニヤに来られます。ベタニヤは、エルサレムに近く、3kmほど離れた所にあります。

 イエス・キリストは、ベタニヤの町の、シモンという人の家に滞在されます。
 人々は、イエス・キリストのために、晩ごはんの用意をします。イエス・キリストが、死人の中からよみがえらせた、ラザロもいます。二人姉妹のうち、姉のマルタは、給仕していました。

 妹のマリヤは、純粋で、非常に高価な、ナルドの香油(こうゆ) 300グラムの入った石こうのつぼを持ってきて、そのつぼをわり、イエス・キリストの頭に、香油を注ぎます。そして、足に塗り、彼女の髪の毛で、イエス・キリストの足をぬぐいます。家は、香油のかおりで、いっぱいになります。
 弟子たちは、これを見て、憤慨して言います。
「 なぜ、この香油を300デナリに売って、貧しい人に施さなかったのか。」
「 何のために、こんなむだなことをするのか。この香油なら高く売れて、貧乏な人たちに施しができたのに。」
 彼らには、主イエス・キリストのためになされた行為が、“ むだなこと ” にしか、見えなかったのです。イエス・キリストを、埋葬するために用意をしていることが、霊の目が閉ざされていたので、見えなかったのです。

● 「日曜日」は、どんな一日だったのでしょう。
 イエス・キリストと弟子たちは、ベタニヤをたち、ベテパゲまで来ます。
「 向こうの村へ行きなさい。そうすると、すぐに、ろばがつながれていて、いっしょに、まだ、だれも乗ったことのない、ろばの子がつないであるのに気がつくでしょう。それをほどいて、わたしの所に連れて来なさい。もしだれかが、何か言ったら、『 主が、お入用(いりよう) なのです。』 と、言いなさい。そうすれば、すぐに渡してくれます。」
 弟子たちは行って、ろばの子をイエス・キリストの所に引いていって、自分たちの上着を、その上にかけます。イエス・キリストは、それに乗られます。
 大勢の人たちが、上着を道にしき、なつめやし(フェニックス) の木の枝を切って来て、道にしいて、イエス・キリストを出迎えます。
「 ダビデの子に、ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に、ホサナ。
 天には平和。栄光は、いと高き所に。」

 イエス・キリストは、エルサレムに着き、神の宮に入られます。そして、すべてを見て回られます。神の宮で、売り買いがなされ、「 祈りの家 」 と呼ばれるはずの神の家が、まるで、“ 強盗の巣 ” になっている様子を、見て回られます。
 この日は、時刻がもう遅かったので、ベタニヤに帰っていかれます。

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2014年04月07日

麻生瑛子の 一人芝居 「 マグダラ の マリア 」

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● 4/12 (土) 午後2時から、摂津市民文化ホールで、
        第23回 北摂イースター大会
  麻生瑛子の 一人芝居  「 マグダラ の マリア 
が 上演されます。 ( 入場無料 )

        真の愛を見出した女性の
        激しく、心に迫るストーリー

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※ http://www.m-magdalene.net/
※ http://www.m-magdalene.net/story.pdf

● 今年 ( 2014年 ) のイースター ・ 復活節 ・ 復活祭 は、4月20日 (日) ですよ。
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2014年02月27日

聖霊に 満たされなさい !

   〈聖書を開きましょう〉   【内住の聖霊】

● はじめに、基本的なこととして
・ 「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣(つるぎ)よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。」 (ヘブル人への手紙 4:12)
・ 「(ベレヤの人たちは)非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日、聖書を調べた。」  (使徒の働き 17:11)
・ 「私は、この書の預言のことばを聞くすべての者にあかしする。もし、これにつけ加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。
また、この預言の書のことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。」
                     (ヨハネの黙示録 22:18ー19)

● 今回は、 【内住の聖霊】 について、自分で、〈聖書〉を開かれて、〈聖書〉から教えられましょう。

● [聖霊なる神]に関しては、多く語られたり、逆に語られなかったりしますが、結構、“人のことば” (確信や経験)で語られていることが多く、
「えーッ!? そんなこと、聖書のどこに書いてあるの?」
「この人(牧師に多いのですが)は、聖霊・聖霊と言っておられるけれど、正しく〈聖霊〉が
わかっておられないなあ。日々、〈聖霊〉に満たされ導かれて、生活するということを、実感・実践されてないなあ。」
「もっと、聖書をしっかり読んで、聖書から教えられないと ・・・・・・・」 ━━ と思ってしまいます。
● [聖霊]に関しても、他の聖書の真理同様、自分の確信や経験から、聖書に書いてもいないことを、あたかも神のことばであるかのように、つけ加えたり、逆に、取り去ったりしてはいけないのです。人々を、まちがった方向にミスリードしてしまいますし、神の祝福をのがしてしまうことになるのです。
● それでは、ご自分で、主なる神のみことば、〈聖書〉を開き、〈聖書〉から教えられていってください。

        【内住の聖霊】

● [聖霊なる神]について、どのようなお方として呼ばれているでしょうか。
※ ・ キリストの御霊  ローマ8:9
  ・ 御子の御霊  ガラテヤ4:6
  ・ イエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊  ローマ8:11
  ・ とこしえの御霊  ヘブル9:14 御子は御霊によって父にささげられた
  ・ 真理の御霊  ヨハネ14:17 / 16:13
  ・ 助け主(パラクレイトス)  ヨハネ14:16
  ・ 注ぎの油  Tヨハネ2:27 キリストから受けた
  ・ 御霊なる主  Uコリント3:18
  ・ 恵みの御霊  ヘブル10:29
  ・ 神の御霊(この世の霊でなく) Tコリント2:12

● [聖霊なる神]によって、〈罪〉がわかり、イエス・キリストを救い主として、
信じることができます。 (私たち・人の知恵や力ではムリです。)

@ ・ 〈聖霊〉によって「イエスは主」 Tコリント12:3
  ・ 罪・義・さばき について認めさせる ヨハネ16:8
  ・ 御霊で始まった ガラテヤ3:3

  
●  私たちが〈キリストを救い主〉として信じ受け入れた時、「聖霊」のバプテスマ
(油注ぎ)を受け、私たちの内に「聖霊」が内住し、いつも、どこでも、共にいて
くださいます。
(勿論のこと、信じていない者には、内住されてはいません。)

A ・ 御子による〈聖霊〉のバプテスマ  マタイ3:11 使徒1:5
  ・ 御霊によって生まれる  ヨハネ3:5―6 ガラテヤ4:29
  ・ 聖霊による新生と更新との洗い  テトス3:5
  ・ 御霊を飲む  Tコリント12:13
  ・ 御霊を受けている  Tコリント2:15 ガラテヤ3:2・14
  ・ 父から受けてイエスが注ぐ  使徒2:33 テトス3:6
  ・ 油注ぎ  使徒2:17 Tヨハネ2:27 キリストから受けた
  ・ 心に保証として・確認の印  Uコリント1:22 / 5:5
    証印  エペソ4:30 / 1:13―14  贖いの日のため  エペソ4:30

● 「 “聖霊が内住されている” という、こんな基本的なことがわかっていないのですか!」
(どこかにおられるのではなく) ━━ と、パウロ先生に叱られていますよ!
 あなたは、だいじょうぶですか?

B ・ 〈聖霊〉の内住 ・〈聖霊〉の宮 / 神の神殿  知らないのですか! [2回も]
       Tコリント3:16 / 6:19
  ・ 内住  ローマ8:9,11 ヤコブ4:5 Uテモテ1:14
       ヨハネ14:17,16

● 内住してくださっている 【内住の聖霊】 は、私たちにどのように働いてくださっている
のでしょうか。

C   〈聖霊〉の働き
  ・ 子としてくださる 「アバ 父」  ローマ8:15 ガラテヤ4:6
  ・ 助け・とりなし  ローマ8:26 深いうめきによって
  ・ 真理に導く  ヨハネ16:13 / 14:17
  ・ すべてのことを教える / みことばを思い起こさせる  ヨハネ14:26
  ・ 神のみこころを知る  Tコリント2:11
  ・ 自由(束縛からの解放)  Uコリント3:17
  ・ 主の姿に変えられていく  Uコリント3:18
  ・ 神の愛が注がれる  ローマ5:5
  ・ 〈御霊〉の賜物  Tコリント12章
  ・ 御霊の実  ガラテヤ5:22−23
  ・ 御子の栄光を現わす  ヨハネ16:14
  ・ 聖霊による喜び  ローマ14:17

● 【内住の聖霊】 について、私たちに求められていることは、何でしょうか。
D ・ 〈御霊〉に満たされよ  エペソ5:18
    無限に与えられる  ヨハネ3:34
  ・ 〈聖霊〉を悲しませるな  エペソ4:30
  ・ 〈御霊〉を消すな  Tテサロニケ5:19
  ・ 御霊によって生きる・歩む / 御霊に導かれて進む  ガラテヤ5:16,25
      ローマ8:14
  ・ 内住の罪(原罪)の行いを殺す  ローマ8:13
  ・ 流れ出る  ヨハネ7:38−39 愛の川、喜びの川・・・・
  ・ 御霊の人  ガラテヤ6:1
  ・ 御霊の一致を保て  エペソ4:3
  ・ 御霊に逆らう冒瀆は赦されない  マタイ12:31−32
      聖霊をけがす者は 〃  マルコ3:29、 ルカ12:10

※      〈祈り〉
 父・子・聖霊、主なる神さま。
 私たち一人一人が、
「内住」しておってくださる、キリストの霊・ご聖霊を、
 正しく、しっかりと認識し、実感することができますように。
 そして、
「聖霊に満たされる」ということを、
 正しく、しっかりと認識し、実感することができますように。
 私を住まいとして、神殿として、宮として内住しておってくださる
 キリストの霊・全能の、聖霊なる神さま。
 今、私を聖め、あなたのお住まいとしてふさわしく導き、
 あなたが私の内に、満ち満ちてくださいますように。
 ご聖霊に、満たされる者とされますように。
 今、私を、ふさわしくない肉の思い、罪の心の支配から導き出してくださり、
 おおいを取りのけてくださって、あなたに満たされる者となりますように。
 あなたに、自由自在、存分に働いていただけますように。
 そして、私があなたの導きに従っていけますように。
 私をあわれみ、助け、導いてください。
 今、私を、キリストの霊・ご聖霊に満たしてください。
 今、私を、キリストの霊・ご聖霊によって、リバイブしてください。
                     アーメン

 ( 祈る 山右近 / 水戸成幸 ・ 画  )
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posted by ukon3 at 12:54| Comment(0) | 聖書 シリーズ