2014年04月30日

【 アヴェ ・ マリア 】 の 祈り

● 阿武山福音自由教会の、日曜日の礼拝の時に、奏楽者が 前奏で 「 アヴェ ・ マリア 」 ( グノー ・ 曲 ) を 演奏されました。

「 アヴェ ・ マリヤ 」 というのは、主イエス ・ キリストの母となった マリアに対して祈る、祈りです。
 次のような内容の 祈りです。

      恵みあふれる聖マリア、
      主はあなたとともにおられます。

      主はあなたを選び、祝福し、
      あなたの子イエスも祝福されました。

      神の母 聖マリア、
      罪深いわたしたちのために、
      今も、死を迎える時も祈って下さい。
                 アーメン

 カトリックの皆さんは、普通に この祈りを くり返しされていますが、プロテスタントの教会のクリスチャンたちは、いたしません。
 なぜなら、「 祈り 」 というものは、主なる神に対してのみ するもので、人に対して祈るものではない ━━ と思っているからです。

 「 祈り 」 は、父 ・ 子 ・ 聖霊、三位一体の主なる神さまにささげる 礼拝行為です。
 主なる神の被造物である人間が、礼拝の対象となっては、偶像礼拝になってしまいます。

● 「 アヴェ ・ マリア 」 の曲そのものは、いずれも すばらしく、シューベルト ・ グノー ・ カッチーニ の曲などは、特に有名ですよね。

※ シューベルトの曲は、もともと、「 アヴェ ・ マリア 」 として 作曲されたものではありません。
 この曲は、シューベルトが作曲した 「 エレンの歌 第3番 」 という歌曲で、湖上の貴婦人 ・ エレンが、父の無事を願い、聖母マリアに 助けを求めて祈る場面の歌詞に、 “ アヴェ ・ マリア ” と繰り返し 出てくるために、この歌曲が 宗教曲であると思われています。

 更に、この曲に ラテン語典礼文の 「 アヴェ ・ マリア 」 を あてはめて歌うことが、現在、しばしば行われていて、そのために、シューベルトが最初から、「 アヴェ ・ マリア 」 として作曲した宗教曲だと 誤解されています。

      Ellen's Song (原詩)
   Ave Maria! Maiden mild!
   Oh listen to a maiden's prayer;
   For thou canst hear tho' from the wild,
   And Thou canst save amid despair.
   Safe may we sleep beneath thy care
   Tho' banish'd outcast and reviled,
   Oh, Maiden hear a maidens prayer.
   Oh Mother, hear a suppliant child!
   Ave Maria!

       聖母讃歌 (直訳)
   アヴェ・マリア 祝されんことを
   聞いてください 乙女の祈りを
   この堅くて険しい岩から
   わたしの祈りをあなたの御許へと漂わせましょう
   たとえ人々がどんなに残酷でも
   わたしたちは朝まで安全にねむります
   ああ 聖女よ 乙女の憂いに目を向けてください
   ああ 聖母よ 聞いてください ひとりの子の願事(ねぎごと)を
   アヴェ・マリア

・ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%AD%8C%E7%AC%AC3%E7%95%AA

※ グノーの 「 アヴェ ・ マリア 」 は、バッハの 「 平均律クラヴィーア曲集 」 第1曲 ・ ハ長調の 「 前奏曲 」 ( プレリュード ) を、そのまま伴奏に用いて、その上に、美しいメロディを作曲しましたよ。
 歌詞は、ラテン語典礼文の 「 アヴェ ・ マリア 」 を用いています。

 
・ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%A2

・ http://www.youtube.com/watch?v=B45RklPTwY4
・ http://www.youtube.com/watch?v=HHnXd5navZw
・ http://www.youtube.com/watch?v=qCxowrOFxNU

● 阿武山福音自由教会の、日曜日の礼拝の時に、前奏で 「 アヴェ ・ マリア 」 を演奏された方に 事情を説明しましたら、「 ちっとも 知りませんでした。 よく わかりました。」 と言ってくださって、礼拝の時には 「 アヴェ ・ マリア 」 の曲は使わないことになりました。

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2014年03月24日

【 ユダヤ教 】 の 初歩知識 ・ ABC

● クリスチャンとして、ユダヤ教のことを、きちんと 知っておきたいと思って、調べてみた。

・ 「ユダヤ教」 というのは、世界に散らばって居住している ユダヤ人によって信仰されている 民族信仰。
 天地の創造者である、唯一 絶対の神 ・ ヤハウェ を奉じる一神教で、ユダヤ人は、この神によって 特別に選ばれた民族である ( アブラハムの末裔 ・ 選民 ) という意識をもっていることが、大きな特色。
・ ヘブライ語は、子音を中心に書くので、神の名は 「 YHWH 」 と書くが、「 十戒 」 の第3戒 「 神の御名(みな)を みだりに唱えてはならない。」 が 厳格に守られて、本来の発音が わからなくなってしまった。
 今日では、「 Yahweh 」 ( ヤハウェ ) であろうといわれている。

・ 聖典は 「 ヘブライ聖書 」
 キリスト教聖書の 「 旧約聖書 」 に当たるものだが、イエス ・ キリストを、聖書で預言されている 「 メシヤ 」 ( 救世主 ) であるとは認めていないので、「 旧約 」 という言い方は、絶対に しない。( キリスト教のみで 用いられているもの )
 「 新約聖書 」 も 認めていない。
・ 聖書全体を 「 トーラー 」 ( “ 教え示すもの ” という意味 ) と呼ぶこともあるし、狭義に、最初の5つの文書 ( モーセ5書 ) のことを 「 トーラー 」 と呼ぶこともある。
・ この トーラー を、それぞれの時代に適応させるために、解釈や注釈が加えられてきた。それら 口伝 ( くでん )され ・ 伝承されてきたものを編集し、6世紀末に 一つに集大成されたものが 「 タルムード 」 ( バビロニア ・ タルムード ) で、全20巻 ・ 1万2000ページの 膨大なもの。
 聖典と同様、重要な教義として 扱われている。

・ 信仰の中心の場所であった エルサレムの神殿が、西暦70年に ローマ軍によって破壊され、ユダヤ人は 広く各地 ・ 各国に四散し、神殿 及び 祭司を中心とした宗教の形態が保てなくなってしまった。
 ※ この時の 神殿破壊で、わずかに残った 外壁の西側部分が 「 嘆きの壁 」
 各地に離散したユダヤ人たちは、それぞれの地に 「 シナゴーグ 」 ( 会堂 ) を建て、「 ラビ 」 と呼ばれる トーラー(律法)の教師たちの指導を受けて、ユダヤ教の教義と 民族の伝統を、別々の国にいながら、確実に、今日に至るまで 学び続け ・ 守ってきている。
・ ユダヤ人にとっては、 「 トーラー 」 と 「 タルムード 」 の 学びと実践こそが、具体的な信仰の姿である。

・ 「 ラビ 」 は、祭司のような 聖職者ではない。トーラーの解釈と 法的判断を習得した、資格を有する者に対して与えられる称号。
 ラビの職務は、共同体の世話役としての意味合いが強い。
 具体的には、「 シナゴーグ 」 を中心に、信徒に トーラーの学び ・ 生活への適応を指導していく。又、シナゴーグでの 礼拝時における祈祷の先導や トーラーの朗読、結婚式の司式なども していく。

・ 「 シナゴーグ 」( 会堂 )は、地域のユダヤ人が集まって、学びや祈祷をする場所で、安息日である 土曜日には、ユダヤ人たちが集まって来る。
「 シナゴーグ 」 で おもになされることは、祝祭日の典礼と 安息日の礼拝。即ち、ラビの先導による祈祷 ・ カントル ( 朗誦者 ) による トーラーの朗読 や 預言者の書の朗読など。

・ メシヤ ( 救世主 ) の あらわれを 期待している。 ( ギリシャ語 「クリストス」 )
 しかし、キリストのような、神と人間との間の 仲介者は いない。
・ 死後の 来世については、ほとんど 体系的な教えがない。

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2014年01月20日

【 禅宗 】 の初歩知識 ・ ABC

● 戦国時代の 多くの武将たちが、禅宗(とりわけ、臨済宗系)を信じるか、その影響を受けている。

 クリスチャンとして、又、「山右近研究」を ライフワークにしている者として、「禅宗」のことを知っておきたいと思って、調べてみた。

 ※ 参考 「そこが知りたい! 日本の仏教」 (阪東良三・著)
        「図解雑学 禅」 (中尾良信・著)
        「戦国武将を育てた禅僧たち」 (小和田哲男・著)

・ 6世紀初めに、インドから中国に来た 達磨(だるま)大師が開き、唐〜宋代にかけて発展した。
 釈迦が悟りを得た「坐禅」で修行し、悟りの境地に達する。
・ 現在、宗教法人としては、禅宗系教団は、三宗(臨済宗・曹洞宗・黄檗宗)と、臨済宗の十四派(妙心寺派・大徳寺派・南禅寺派・天龍寺派・東福寺派など)であるが、それぞれが 独立した教団である。
・ 曹洞宗で著名なのは、永平寺・總持寺。黄檗宗では、万福寺。

・ 臨済宗は、中国の禅僧・臨済義玄(ぎげん)が開いたが、栄西は、臨済宗黄龍派の
虚庵懐敞に学んで、臨済宗の教えを日本に持ち帰り(1191年)、道元は、曹洞宗の天童如浄に参じ、帰国後、日本曹洞宗を開いた。(1227年)

・ 坐禅 ━━ あとから右足を組むのを「吉祥坐」(きちじょうざ) あるいは「蓮華坐」といい、悟った姿を表す。あとから左足を組むのを「降魔坐」といい、修行する姿である。
 両手は、足の上で「法界定印」(ほっかいじょういん・心の安定を表す)を結ぶ。

・ 臨済宗は 「看話禅」(かんなぜん) 。 壁を背にして坐る。
 師より与えられる、考える対象とする言葉(公案)について、坐禅を通して究めていく。
・ 公案は、すぐれた禅者の言行などであるが、総数は1700則ほどある。
 「禅家の道とは何か?」
 「犬に仏性(ぶっしょう)があるか?」
 「隻手(せきしゅ・片手)の音声(おんじょう)とは?」
  ・・・・・・・
 
 坐禅して、公案の答え(見解・けんげ)を準備できたら、師の部屋に一人で入り、いわゆる「禅問答」になる。
 師との問答を通して、修行者である弟子は、悟りの境地へと進んでいく。
 師によって、悟りを得たと認められれば、証明として「印可」(いんか)を受ける。
 こうした、口伝(くでん)による伝授の仕方は、さまざまな伝統芸能の世界にも引き継がれている。

・ 曹洞宗は 「黙照禅」(もくしょうぜん) 。 壁に向かって坐る。
 坐禅することを、悟りそのものと とらえ、悟りに至るための手段とは考えない。
 何かを得ようとしない・何かを求めようとしない・何かを悟ろうとしないで、ひたすら坐禅する。 (只管打坐・しかんたざ)
・ ひたすらに坐禅することによって、「身心脱落」(身も心も解放され、本来の自分に立ち返り、絶対の自由を得る境地に到達すること) ━━ が 悟りである。
 坐禅の修行と悟りは、一つである。 (修証一如・しゅうしょういちにょ)
・ 焼香・礼拝(らいはい)・念仏・経典を読むこと・・・・・ などは、必要ではない。

・ 禅の教えを示す 4つのキーワード
@ 不立文字(ふりゅうもんじ) ━━ 文字によらないで、心から心へ伝えられる教え
A 教外別伝(きょうげべつでん) ━━ 経典としては書かれないで、
                         直接心に伝えられる教え
B 直指人心(じきしにんしん) ━━ あれこれ思い悩んだり、理屈をこねない。
                       自分の心そのものをつかみ出す。
C 見性成仏(けんしょうじょうぶつ) ━━ 自分自身の心の中に、成仏の資質を見出す。

・ 坐禅や法要だけでなく、人間の日常の営みのすべてを修行と考える。
  食べることも、排泄することさえも、修行として実践する。
・ 結果的に、食・文学(漢詩文など)・書画(水墨画など)・建築(書院造など)・庭園(枯山水の庭など)・茶道 ・・・・・ など、禅の精神が融合して、文化となっていった。

・ [ 懐石料理 ] インド仏教では、食事は一日一回 正午までと決められており、正午から翌日の未明までは、食事をとってはいけない。
 中国や日本では、一日三食が習慣になっており、正午から翌未明まで食べないでいることは、かえって修行の妨げになる。
 そこで、薬や水などは食事には含まれないので、「薬石」と呼ばれ・薬として、簡単な夕食をとった。
 空腹で困った時には、「温石(おんじゃく)・懐石」を腹に抱くと我慢できるということから、
「懐石料理」とは、とりあえず、腹の虫をおさめる程度の 簡単な食事のことである。

・ 日本で、禅宗が盛んになったのは、室町時代になって、足利将軍家が禅宗に帰依し、保護するようになったことが大きい。

● 戦国時代、さまざまな宗派がありながら、戦国武将たちは、禅宗・とりわけ臨済宗系に帰依したり、影響を受けた者が多い。
・ 戦国武将の子どもの頃、禅寺(特に臨済宗)に預けられて育った ・ 親が子ども達の養育を禅僧に託していた ━━ というケースが、かなり見られる。
・ 武将たちのブレーンにも、禅僧が多い。 武将の陰に 禅僧あり。

・ 禅僧たちは、五山での修行や学びの中で、「四書五経」や「武経七書」など、中国の
古典籍についての知識を豊富にもっていたので、戦国武将たちの、知的欲求に応えることが出来たし、彼らは、禅僧たちから、政道に生かすことがらを学びとっていった。
 ※ 京都五山 ・・・ 天龍寺・相国寺(しょうこくじ)・建仁寺・東福寺・万寿寺
            (南禅寺は 別格)
 ※ 鎌倉五山 ・・・ 建長寺・円覚寺・寿福寺・浄智寺・浄妙寺
 ※ 四書五経 ・・・ 論語・大学・中庸・孟子 / 易経・書経・詩経・礼記・春秋
 ※ 武経七書 ・・・ 孫子・呉子・尉繚子・六韜(りくとう)・三略・司馬法・李衛公問対

・ 禅寺は、武将たちの子弟の教育の場ともなっていった。
・ 戦国武将たちは、禅寺の寄進者・保護者ともなっていった。
・ 臨済宗寺院に見られる「塔頭」(たっちゅう)とは、もともと墓所で、特に傑出した僧の
場合に、単独で塔所が造られ、独立した寺院のようになっていった。
  大徳寺の「総見院」「高桐院」「瑞峰院」 など

・ 茶の湯と武将と禅僧の かかわりも深い。
  茶掛けの絵や書(墨蹟)も、禅僧のものが多い。
  茶の湯は、戦国時代、武士としての嗜み・教養とされていた。
      武士(もののふ)の 知らぬは恥ぞ 馬 茶の湯
          はじより外に 恥はなきもの  ( 細川藤孝・幽斎 )

※ まだまだ、いろんなことがありますが、ここまでにしたいと思います。
 クリスチャンである私には、とても信じられない世界ですが、禅宗の皆さんは、悟りを得るために、ずいぶん苦労されているんですね。
 私が禅宗のことを調べてみたように、禅宗の皆さんも、イエス・キリストのこと・キリスト教のことを、自分で調べてみてくださいネ。

 ( 龍安寺 石庭 )
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2013年10月22日

「 イスラーム 」 の 初歩知識 ・ ABC

● クリスチャンとして、イスラム教のことを知っておきたいと思って、「面白いほどよくわかる イスラーム」(青柳かおる・著 / 日本文芸社)と、「イスラム教入門」(中村広治郎・著 / 岩波新書)を読んだ。

・「イスラーム」という言葉には、道・教えという意味も含まれているので、教をとって、「イスラーム」というのが近年のイスラーム研究者の間で一般的となっている。
(アラビア語の発音に忠実に表現すると、長母音をつけて「イスラーム」となる。)
(回教・マホメット教という呼び方は、ほとんどされなくなってきた。)

・イスラームはともすれば、否定的な側面ばかりが強調され・歪曲され、偏見に満ちた表現で説明されることが多い。そのために、現代世界の深刻な諸問題の多くは、イスラームへの偏見とムスリム(イスラーム教徒)への蔑視によって、解決が遠ざけられていると言っても言いすぎではないであろう。
・世界第二位の宗教勢力を擁するイスラームを、客観的に理解することなくては、今日の世界を理解することは出来ない。
・現在の信徒数は、13〜16億人と推定される。

・イスラームは、アダムが創始し、アブラハムが確立した純粋な一神教に立ち戻り、ユダヤ教・キリスト教の誤りを正すものである。
 ユダヤ教は、本来すべての人間に開かれている一神教を、イスラエルの民だけに限定してしまった。
 キリスト教は、預言者であるイエスを神(神の子)と考え、神の唯一性を損なってしまった。
・「クルアーン」(コーラン)によると、アダムが最初の預言者であり、続いてノア・アブラハム・モーセ・ダヴィデ・イエスなどが派遣されたが、ムハンマド(570頃〜632)は、最後にして最大の預言者であり、「預言者の封印」と呼ばれている。
 ムハンマド以降は、もはや預言者は現れない。なぜなら、イスラームは、それ以前の一神教の逸脱を正す最後で最大の宗教だからである。

・ムハンマドは、クライシュ族に属するハーシム家に生まれた。(570年頃)
 25歳頃、雇い主である裕福な女商人のハディージャと結婚。
 ヒラー山の洞窟にこもり、瞑想していた時に、神の啓示が下った。
 632年、9人いた妻(生涯12人)の中の最愛の妻・アーイシャの膝の上で亡くなった。62歳位。

・アッラー(Allah)[アラビア語]は、al-ilah(アル・イラーフ / the god)の短縮形
・神から啓示された啓典は、「クルアーン」・モーセ五書・詩篇・四福音書。
・「クルアーン」(コーラン)とは、アラビア語で書かれたイスラームの根本聖典。
 預言者ムハンマドが、最初の啓示を受けた610年から死の632年の22年間の折々に下された啓示を、預言者や周囲の人々が記憶しメモしていたものを、預言者の死後に集め、記録したものである。
・「クルアーン」は、アラビア語で神が語った言葉をそのまま、一字一句誤りなく・忠実に記録したと言われ、神聖視される。
 それを別の言語に翻訳したものは、もはや神の言葉ではない。

・ムスリムの9割を占めるのが、スンニー派。他にシーア派など。
 現代のスンニー派ムスリムの原理主義派は、ジハード(聖戦)を強調し、宗教と政治の分離を否定し、イスラム国家の樹立を強調する。
・「クルアーン」と「ハディース」(預言者ムハンマドの言行録)では、自他ともに肉体を傷つけること、および自殺は禁じられているが、ジハード(武装した異教徒に対する領土拡大・防衛の戦い)で戦死した殉教者は、楽園が約束されているとも述べられている。
 現代では、その教えが悪用され、アメリカやイスラエルに対するイスラームの自爆攻撃が、戦術として行われ、後を断たない。

・イエス・キリストを、人間(犯罪者)と見れば ・・・・・ ユダヤ教
            「神の子」と見れば     ・・・・・ キリスト教
             預言者と見れば     ・・・・・ イスラーム

・金曜日の昼には、モスクで集団礼拝が行われる。
 成人男子には、集団礼拝への参加が義務づけられている。
・イスラーム暦9月は「ラマダーン月」と呼ばれ、1か月の断食を行う。
 太陽の出ている間は飲食を断ち、日没から夜明けまでは食事をとってもよい。
・豚肉と酒の禁止は、イスラームの食物規定として広く知られている。
・男女とも、貞潔を守ることが命じられており、肌の露出を慎むことが必要で、特に女性は、ヴェールや長い衣服を身につけて、顔や髪の毛・くるぶしなどを覆うようにする。
・イスラームでは、4人まで妻を持つことが認められている。しかし、公平に扱わなければならない。
・教会音楽もイコンも宗教画もないイスラームでは、キラーア(クルアーンの朗誦)とアラベスクの装飾文様が、唯一の信仰の芸術的表現である。
 クルアーンは、その本来の意味(「読誦」)からもわかるように、もともと、記憶した者が周りの人々に声に出して朗誦するものであった。

※ まだまだ、いろんな角度から記してくださっているのですが、ここまでにしたいと思います。
 クリスチャンである私には、とても信じられない世界ですが、それにしてもイスラームの皆さんは、すごいことを信じておられるわけなんですね。
 イスラームの皆さんも、イエス・キリストのこと、キリスト教のことを、自分で調べてみてくださいネ。

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2013年08月21日

「アラー」は キリスト教の神 !

● 私たちの教会(阿武山福音自由教会)に、結婚されてインドネシアから日本に来られている方がいます。彼女に、インドネシア語で「神」のことを何というのか、たずねてみますと、
「 Allah ・アラー」とのこと。

 インドネシア共和国は、人口2億3000万人(日本より1億人多い)の内、76%がイスラム教の国です。(キリスト教は13%)
「それでは、イスラム教では、何と言うんですか?」 「 Allah ・アラー」
 これは、そうですよネ。「アラーの神」といえば、イスラム教の神のことだと、ずっと思ってきましたから。

 あらあらあら・・・・・ キリスト教の「神」も、イスラム教の「神」も、「 Allah ・アラー」だとは! 大発見 !!

 でも、考えてみましたら、日本でも、キリスト教でも・神道でも、ともに「神」といっているわけで、英語の「God 」にあたるわけですよネ。

 インドネシア語の話にもどりますが、「主なる神」の「主」にあたる語は「 Tuhan ・トゥーハン」で、こちらの方は、イスラム教の人たちは使いません。しかし、土俗信仰の人たちは使うそうなので、はっきりと区別して使いたければ、

「 Tuhan Iesus 」(主イエス)だと、間違いがないそうです。

   ※ 尚、マホメットは、最後の預言者であって、アラー(神)ではありません。

( パリにて by yasu )
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2013年08月14日

「 仏教 」 の初歩知識 ・ ABC

● クリスチャンは、「仏教」のことをよく知らない。
 仏教徒の方は、「キリスト教」のことをよく知らない。━━ と言えるのではないでしょうか。

 月刊誌「大法輪」(大法輪閣・発行)の2月号(2013年)で、〈徹底比較〉「仏教とキリスト教」を特集してくださっています。
 仏教関係のことは、4名の大学の先生や住職の方々が執筆して下さっており、今さらながら、「ああ、そうだったんだ!」と教えられることが多く、ありがたかったです。

・仏教の始祖のゴータマ・ブッダは、本名ゴータマ・シッダッタ。
父は釈迦族のスッドーダナ王、母は王妃マーヤー(麻耶夫人)。
・久しく子どもに恵まれませんでしたが、ある時、白い象が天から下りて身体に入る夢を見て、シッダッタを身ごもりました。

・出産のため、実家に戻る途中、ルンビニー園(現在のネパールにある)に立ち寄った時、美しい花をつけたサーラ樹の枝に手を差しのべた時に、夫人の右脇からシッダッタが誕生した。
・シッダッタは、生まれるとすぐに7歩あるいて、右手を上にして天をさし、左手を地に向けて、「天上天下唯我独尊」と宣言した。

・シッダッタの誕生は、紀元前600年頃。(624年・563年・463年など、諸説がある。)
・母のマーヤーは、産後の肥立ちが悪く、出産7日後に亡くなってしまう。
・王子として育ったシッダッタは、恵まれた環境の中にあったが、青年時代、「私はこのように裕福であるけれども、〈人は誰もが老いるのを免れないのに、他人の老衰したのを見て、考え込み・悩み・恥じて・嫌悪している。これは、私にふさわしくない。〉と、老・病・死についての自覚、世の理不尽さ、生きるという苦しみといったことについて真剣に悩み、考え出した。

・16歳の時に結婚する。妻はヤショーダラー。息子ラーフラが生まれる。
・自身、神通力を持っていたが、身の危険や教化のために止むを得ない場合を除いて、用いてはならないと、ブッダは教えている。

・80歳で亡くなっている。
「私は老齢に達した。古い車が、革ひもの助けによってやっと動いているように、私の身体もそのようなものだ。」
 弟子たちと、生まれ故郷に向かう途中、クシナーラーの地で、「二本並んだサーラ樹(沙羅双樹)の間に、頭を北に向けて床を用意してくれ。」と弟子に告げ、「すべては、移り変わるものである。怠ることなく努力し、修行を完成しなさい。」という言葉を残して、静かに入滅していかれた。

・ブッダの本来の教えによる救いは、自らが実践して心のありようが変化し、それまで苦しみであったものが、苦しみとして捉えられなくなる、それが救われるということである。
 それは、絶対的な他者が居て、救ってくれるというタイプのものではない。自ら体験し、その中から体得されるものである。

・他者に対する信仰による救いを主張するものが、「浄土信仰」。この娑婆(しゃば)世界以外にも、仏が存在するという信仰から生まれたものである。
・この娑婆世界(穢土・えど)から、西方、十万億の国土を越えた所に「極楽」という浄土が存在し、そこに阿弥陀如来がおられる。
・「南無阿弥陀仏」と、称名(しょうみょう)念仏することによって、浄土に往生できる。(法然)
 阿弥陀如来の「四十八願」(本願)を信じることが出来た時、浄土への往生が決定(けつじょう)している。(親鸞)

・浄土には、「極楽浄土」の他に、いくつもの種類がある。
 薬師如来がおられる「東方瑠璃光浄土」・大日如来のおられる「密厳(みつごん)浄土」・弥勒菩薩のおられる「兜卒(とそつ)浄土」・観音菩薩のおられる「補陀落(ふだらく)浄土」・釈迦如来のおられる「霊山(りょうぜん)浄土」などである。

・人および、生きとし生けるものすべては、生前の行ないによって、六道(ろくどう、地獄・餓鬼・動物・人・阿修羅・天)のいずれかに生まれ変わり、生存を繰り返す。
 そもそも、人間に生まれ変わることは難しいことなので、今、人間に生まれついたことを有り難く思い、その生涯において、ますます、善い行ないに勤め励むことが勧められる。
・人は、これまで、輪廻の中で、死を何度も経験し、また生を同じように何度も経験してきている存在である。しかし、その前歴を知らない存在である。
「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、
死に死に死んで死の終わりに冥(くら)し。」(空海)

・初期の仏教では、女性も男性も対等に位置づけられていた。しかし、大乗仏教(日本もそれに含まれる。)が登場する頃から、女性の地位は次第に低下し、女性は罪業が深い・不浄な存在である、とする差別感が助長されていった。
「女人禁制」などの制度も出来、霊山においては、女性の登拝が禁じられたりした。

・ブッダが、今見るような仏像の形に表わされ始めたのは、紀元後、2世紀の初め頃からである。釈尊が入滅して600年も経過して、大乗仏教のブッダたちが登場した頃から、仏像が盛んに作られるようになっていった。

・仏教では、出生届をする時につけられた名前を「俗名」、仏教徒であることを示す名前を「戒名」と呼んでいる。(宗派によっては「法名」と呼んでいる。)
「戒名」は、もともと、死後につけられる名前・お葬式の時に授ける名前ではなく、お釈迦さまの教えを守って生きることを誓った人の名前なのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 まだまだ、いろんな角度から記してくださっているのですが、ここまでにしたいと思います。
 クリスチャンである私には、とても信じられない世界ですが、それにしても仏教徒の皆さんは、すごいことを信じておられるわけなんですね。

 こうしたことを、しっかりと、正しく理解・認識し、実感して信じておられるのだとしたら、それはすばらしいことですが、ただ、私の周りにおられる方々は、習慣的に、何となく仏教を信じているだけだ、という感じがしてしまうのですが・・・・・・。

 実際は、どうなのでしょうか?

( 釈迦三尊像 ・ 法隆寺 )
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2013年08月13日

「 神道 」の初歩知識 ・ ABC

「神道」━ 八百万の神々と日本人 ━(三橋健・著)を読んだ。クリスチャンとして、神道のことを、いろいろ知っておきたいと思った。

・「神道」の「神」(しん)は「霊妙な」という意、「道」(とう)は「自然の理法」の意で、「神道」とは「霊妙な自然の理法に従う」ことである。
・古来、日本人は、自然物や自然現象に対して尊敬や畏怖の念を抱き、それらを神として崇拝してきた。太陽・月・星などの天体、風・雨・雷などの自然現象、山・川・海・滝・湖 あるいは人間・動物・植物・岩石などにも、神霊が宿ると信じてきた。

・神道の「八百万の神々」の中で、最も尊い・最高神は「天照大御神」(あまてらすおおみかみ)で、ほかの多くの諸神たちは、天照大神の子ないしは臣下である。
・天照大神は、天上の、神々の世界である高天原(たかまがはら)で行われている稲作を、地上の人間の世界でも倣って行うようにと、示し教えられた。稲作は、天照大神から委ねられた、神聖な生業(なりわい)である。

・八百万(やおよろず・数限りなく多い)の神々。天の神・地の神をはじめとして、人および鳥・獣・木・草の類、また海・山そのものなど、そのほか、世の常ならず、すぐれたこと・かしこいもの、それらはすべて「神」であり、その数は限りなく多い。
 しかし、「神」が「神」であるためには、人間の崇敬が不可欠である。「神も自ら貴(とう)とからず。人の敬いを以て、貴(とうとし)とす。」(「神道集」) もし人が、その神を神として崇敬しなかったならば、その神は零落して、ついには妖怪となってしまうのである。

・「古事記」には、321柱(柱は、神を数える数詞)の神々が登場する。
・男女二神の伊耶那岐神(いざなきのかみ)と伊耶那美神(いざなみのかみ)は、結婚して日本列島を生み、ついでさまざまな文化神・自然神を生み、最後に火の神を生んだあと、伊耶那美命(みこと)は死んで黄泉国(よみのくに)へ。残された伊耶那岐命から天照大神・月読命(つくよみのみこと)・建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)が生まれる。

・神々は、「隠身」(こもりみ)といって、もともと、姿形がないもの・目に見えないものである。
「神の御姿を画(えが)くは、恐るべく慎むべきことなり。」(江戸後期の国学者・斎藤彦磨)
・八百万の神々は、天神と地祇(ちぎ)・国神(くにつかみ)に分けられる。
 「神社」は天神社の略語で、そこには天神を祀(まつ)る。また「祇社」は地祇(国神)社の略語で、そこには地祇(国神)を祭る。

・伊勢皇大神宮(こうたいじんぐう・天照大御神)・八幡神社(八幡神・応神天皇のこと)・宇佐神宮(八幡大神/比売神・ひめがみ/神功皇后・じんぐうこうごう)・北野天満宮(天神としての菅原道真・すがわらのみちざね)・伏見稲荷大社(宇迦之御魂神・うかのみたまのかみ・稲を荷う神・狐は稲荷神の使い)・熊野三社(山と火と水の神)・諏訪大社(風・水・農耕・狩猟の神、武士や海の守護神)・白山(霊峰白山)・日吉大社(大山咋神・おおやまくいのかみ)・春日大社(春日四所明神・かすがししょみょうじん)・住吉大社(底筒男命・そこつつのおのみこと他三神の住吉大神)・靖国神社(国のために亡くなった人々の神霊)・・・・・

・恵比寿神(豊漁の神)/大黒神(豊作の神)[二神あわせて招福や商売繁盛の神]・三宝荒神(火を鎮める神)・敷地の神・家屋の神・屋敷の神・門口の神・井戸の神・閑所神(かんじょかみ・トイレの神)・・・・・

・病気・災厄・危難・罪責などの苦悩から、それらを除き去って心身を清めるために、「禊」(みそぎ)を受けて穢れ(けがれ)を除き、「祓」(はらえ)の神事を受けて、罪を取り除いてもらう。
・肉体は死んでも、魂は永遠に存在する。ただ死者の霊魂の行方とその鎮まる場所については、見解が分かれている。@この世に留まって、家族や子々孫々を見守る。A黄泉(よみ)に行く。Bその地域を鎮める産土神(うぶすなのかみ)・氏神が掌(つかさど)る。

[神社の参拝方法]
@ 「手水を使う」神前へ出るに先立って、手や口を洗い清める。まず、右手で柄杓(ひしゃく)を取って水盤の水を汲み、それを左手にかけて洗い清め、次に柄杓を左手に持ちかえて右手を洗い清める。再び柄杓を右手に持ちかえ、左の手のひらに少量の水を受け、それを口に含み、音をたてないように口内をすすぎ、終えたら左手で口元を隠しながら静かに水を吐き出す。次に残した水で左手を洗い清め、次に両手で柄杓を垂直に立て、水をすべて流して柄杓の柄を洗い清める。最後に、柄杓をもとの位置に戻し、手と口元を拭き、手水舎(てみずや)の前で一礼をする。
A 「お賽銭をあげる」拝殿の賽銭箱の前にすすみ、吊るしてある大きな鈴を振ってから、お賽銭をあげる。(順序は、どちらでもよい。)
B 「拝礼と拍手」[二拝二拍手一拝]の作法で行う。二拍手のあとで、心に願いを込めて祈る。

 まだまだ、いろんな角度から記してくださっているのですが、ここまでにしたいと思います。
 クリスチャンである私には、とても信じられない世界ですが、それにしても神道の皆さんは、すごいことを信じておられるわけなんですね。

 こうしたことを、しっかりと、正しく理解・認識し、実感して信じておられるのだとしたら、それはすばらしいことですが、 実際は、どうなのでしょうか?

( 国会議員による靖国参拝 2013.4.23 )
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2013年08月12日

靖国神社 参拝

● 8月15日は、「終戦(敗戦)記念日」ですが、宣教師フランシスコ・ザビエルが、平和の福音を携えて、弥次郎と共に、鹿児島の地に上陸した日でもあるんですよ。
 そして、京の都に、一般に南蛮寺と言われた「聖母被昇天の教会」が献堂されたのも、1576年の8月15日だったのです。

 8月15日は、戦争や平和について、考えさせられる日ですよネ。

 この時期になると、大臣や議員たちの、靖国神社の公式参拝・あるいは私的参拝が話題になります。
 戦争のA級戦犯が合祀されているわけで、侵犯された中国や韓国の人たちにとっては、許容できない行為として、認めることは出来ないことでしょう。

 私はクリスチャンですが、クリスチャンとして考えます。

 参拝を表明し、実行する人たちが、神道信仰をきっちりと持っていて、その信仰に立って参拝する・礼拝するというのなら、そうかもしれないなあ ━━ と思うのですが、ふだんは仏教徒を表明している人が、靖国神社へ行って参拝というのは、どういうことなのでしょう!?

 拝殿で、日蓮宗の人は「南無妙法蓮華経」、浄土真宗の人は「南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏」と唱えて、英霊を神仏として拝むのでしょうか。
 
 どうも、そうではなさそうです。仏教徒であることは、この際、一時的に、キッパリと忘れて・脇に置いて(便利な信仰ですネ。) 神道信者に仮面を変えて、参拝・礼拝しているのでしょう。
 でなければ、本来、仏教と神道は別物ですし、一致するものではないからです。
 自分が信じていると思っている信仰のことがわかっていないか、あるいは、信仰ではなく慣習として行動しているか、どちらかだと思います。

 こういった形の参拝を、靖国神社の関係の方々が、歓迎されているとは思えません。心が伴った参拝・信仰心をもっての参拝を、願っておられるはずだと思います。
 逆に、「形は、どうでもいいですよ。参拝することが大切なんですから。」━━ という答えであれば、神道信仰を本当にわかっておられるのですか、ということになってしまいます。

 もし、私が、クリスチャン国会議員だったとしたら、どうするでしょう?

 戦争で、私たちのために、生命をささげてくださった方々あっての、今の平和であることを肝に銘じて、感謝していますが、亡くなられた方々を「神」として拝むことは、筋違いだと思います。亡くなられた方々も、私たちと同じ、神の被造物であって、神ではありません。
 参拝・礼拝の対象は、あくまでも、彼らをも造られた主なる神さまです。

 もし、キリスト教式に参拝・礼拝・祈りをささげることを、靖国神社の関係の方々が、いいですよ ━━ ということでしたら、いい機会だと思って、私は出かけて行きます。そして、拝殿で、このように祈ります。(多分、他の方々の迷惑になるので、声には出さない方がよいと思いますが)

「父・子・聖霊、三位一体の主なる神さま。このような場所で、主なる神さまに祈ることが出来ますことを、感謝します。
 過去の戦争において、多くの若い人たちが、私たちのために、生命を犠牲にしていってくれました。これらの人たちの尊い、生命の犠牲があって、今、私たちは平和な生活を送ることが出来ています。感謝します。

 今、私たちの国では、平和をおびやかすような、さまざまのことが起こっています。
 主なる神さま。この日本の国を、あわれんでください。生命をささげてくれた多くの人たちの思いや行為が、ムダになってしまうことがありませんように。

 日本の国だけではありません。
 世界中で、争い・殺戮・戦争などが、絶えません。世界中の、すべての人たちから、敵意の心を除き去ってくださり、神の愛・キリストの愛が支配し、愛によって行動するものと、変えていってください。そのために、私たちがなすべきことを示し、そのようになしていく力や知恵をお与えください。
 この日本の国を愛し、世界を愛し、あわれんでください。

 私たちの神・私たちの主イエス・キリストの御名(みな)によって、お祈りします。
                           アーメン  」

 ・・・・・・・・・・・・
 でも、こんなに長くは、祈ることが出来ないと思いますので、多分、短く、小さく声に出して、「主の祈り」を祈ることになるかもしれません。

( 靖国神社 )
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